「どうして恋愛しなきゃいけないんだ?」

 苛立ちのままに手元のリボンを強く引っ張る。

「恋愛、恋愛、恋愛。世の中の恋愛至上主義には飽き飽きする」

それに、おっとりとした声が返ってきた。

「何かあったの、あすちゃん」

 目の前のベッドに座っているのは、光に当たると銀色に見える長い金髪と、碧色の大きな目をした、お人形みたいに綺麗な子。口を開けば音楽みたいに透明な声が飛び出す。

「昨日、大学の友達とロッカールームで雑談してたら、皆恋愛のことばっかり話すんだ。あの子が付き合いだした、相手は年上の社会人で有名どころの企業で働いてる、わぁすごーいっていう、後はお決まりのきゃいきゃい」

「ああ、あすちゃんはそういうの嫌いだもんね」

「嫌いっていうか、わからないんだよ。それで素直にわからないって言うと、何か冷たい反応が返ってくる。恋愛もしてないなんて変なのって目で見られる」

 手元のリボンをねじりながら編みこむ。いい加減慣れてきて、手元を見なくても作業は進むけど、これを作る時はいつも真剣だ。なにせ大切なものなのだから。

「ミハルの方がずっと好きっていうと、そろそろ兄弟離れしろって」

 目を上げて探るように前方を見ると、ミハルはほわんとした笑顔を浮かべた。

「そっかぁ。うれしい」

 ミハルが笑うと後ろに花畑が見える。銀髪が光を浴びてきらきら輝く効果つきだ。

「僕もあすちゃんが一番好き」

 ……これで男の子だなんて、神様はたぶん余所見をしていて入れる魂を間違えたのではないだろうか。

「ミハル。私は変なのか? 大学生にもなって、恋愛の一つもしてないのはおかしいと思う?」

 そして双子の彼よりずっと男らしいと言われる私こそ女。ああ、そうか。神様は私とミハルの魂を入れ違えたんだな、と相当小さい頃に納得している。

「あすちゃんはおかしくないよ」

 ミハルは膝の上に肘をついて、顎を両手で支えながら言ってくる。

「あすちゃんの友達の中にあるのはね、恋愛イデオロギーっていうものなんだ」

「恋愛イデオロギー?」

「恋愛しなきゃいけないっていう、固まった価値観のこと。普通だと信じ込んでる、実際は普通でも何でもないもの」

 瞬きもせずにミハルの大きな碧の瞳とみつめあう。

「普通っていう概念自体、作られたものなんだよ」

 ミハルはベッドから立ち上がって椅子に座った私の後ろに来ると、私の頭に顎を置いてきゅっと抱きしめる。

「なんて理屈をこねたって、あすちゃんは気にしちゃうよね」

「気にしてないよ。ちょっと腹立っただけだ。人を珍獣みたいに」

「ねぇ」

 凛とした声を響かせて、ミハルは私を頭の上から覗き込む。その顔からは笑みが消えていた。

「あすちゃんは部活だって頑張ってるし、勉強だって夢を目指して一生懸命努力してるし、とってもかわいいし、何にも引け目に感じることないんだからね」

 ミハルは私の内心を読み取る天才だ。

 本当は、腹が立つというより不安に感じたのだ。私には決定的な何かが欠けているのではないかと。

 ありがとう、と口の中でもごもごと呟いて、ふっと笑う。

「かわいいなんて言うの、ミハルだけだよ」

 ミハルの方が私の百倍はかわいいと思う。そう思って見上げたら、ミハルは真剣そのものの声で返す。

「あすちゃんは僕を信じてるよね?」

「……うん」

「だったら、かわいいっていうのも信じて。自信を持って」

 そう言われると私は照れながら黙るしかない。

「それとも、兄弟離れを気にしてる? 僕があすちゃんの邪魔になってるのかな」

 ふいに、ミハルが悲しそうに言う。

「あすちゃんが恥ずかしいなら、僕、いつも一緒にいるのやめるよ?」

 ミハルは私のことをあす、と呼ぶ。小さい頃、舌足らずで上手くあんじゅと言えなかったからだったと思う。

 私はすぐに顔をしかめて言った。

「ミハルは恥ずかしくなんかない。私の自慢。それにミハルは私が守ってあげなきゃ、危なっかしくて見てられない」

 ミハルはみるみる内に柔らかな笑顔を浮かべた。

「うんっ」

 それから私は完成した三色リボンでミハルのさらさらの髪を結った。私は物心ついた頃から短い髪を貫いてきたけど、ミハルの綺麗な髪は伸ばしてほしいとせがんできたから、今でもミハルの髪は肩をこすくらいに長い。それを結ぶアクセサリーを作るのは私の楽しみだった。

「たまには切ってもいいんだよ、ミハル」

「あすちゃんは長い髪が好きなんでしょ?」

 私がこくりと頷くと、ミハルは髪に軽く触れながら笑う。

「僕はあすちゃんに結んでもらうのが好きだから、おあいこ」

 ミハルは壁掛け時計を見上げて、ふいに声を上げる。

「いけない。そろそろ試合の時間だよ」

「ああ、行かなきゃな」

 立ち上がるミハルの髪がさらりと揺れる。支度をする彼の洗練された動作の一つ一つに、私は目を細める。

 私の片割れは同じ血が流れてるとは思えないほど綺麗だ。それに怒ったことなどほとんど見たことがないくらい私に優しくて、いつも穏やかに微笑んでくれる。

 ……これを見ていれば、男の子なんて、何が面白いものか。

「あすちゃん。行こ、行こっ」

 小さな子どもの頃と同じように私の袖を引く彼は、いつだって私の天使で、守るべきすべてなのだ。