「恋ってね、繰り返すんだ」

 ここは自宅の近くの喫茶店。テーブルには紅茶が二セット置かれている。時刻は三時五分前、まさにアフタヌーンティーの真っただ中だ。

「本当に好きだと一回で終わらないんだぁ。何度でも同じ人を好きになっちゃう」

「また突然に恋の話? 私はそういうの好きじゃないってば」

「単純に恋じゃなくて……うーん、難しいなぁ」

 指を顎に当てて首を傾げている表情はどこか幼くもある。実際はもうとっくに四十を超えたおじさんだというのに、この人は年齢が見た目では全くわからない。

「僕が言うのは特別のことで、その辺に転がってるアレコレじゃないんだけどなぁ」

「そう言いながら何回私にその辺に転がってるアレコレの話をした? 覚えてる限りで二十は越してると思うけど」

「やだぁ、エンジェル。ヤキモチ?」

「馬鹿な」

 私のことをエンジェルと呼ぶのはこの人だけだ。それとなぜかほっぺをぷにぷにしてくるのに反撃しようとしても、一度たりとも手をつかめない悔しい相手でもある。

「アレクっていう恋人がいるのにアレコレ目移りするのもほどほどにしなさいって言ってるんだよ」

「えー? アレクは恋人じゃないよ」

「じゃあ奥さんだよ。私たちの面倒ずっと見てくれてるんだから、私とミハルにとってはお母さんみたいなもの。あんないい人他にいないんだから、もっと大事にしなさい」

「ずるーい。エンジェルはアレクのことばっか。僕のこと見てよ」

 彼は拗ねたように口をとがらせて先ほどの二倍の速度で私のほっぺをぷにぷにしてくる。

「僕よりアレクがいいの? アレクなんておじさんだよ? 髪薄いよ?」

「本人も気にしてるかもしれないことを口にしない。それにアレクはその辺の男よりよっぽどかっこよくて包容力ある、立派な大人じゃないか」

「やーだ。アレクより僕の方が上ー。そうでしょ?」

 いい年したおじさんが駄々をこねるように私のほっぺを引っ張って同意を求めてくる。

 しかしその実、この人に関していえばそういう子供っぽい態度がなんら違和感ない。なにせ見た目が見た目なのだ。

 セミロングの見事な銀髪に碧眼、色白の肌にはシミ一つなく、身長は高いけど全体に女の子のようなふわふわオーラをまとっている。そして友達には、「童話からそのまま出てきた妖精みたい」と称された正体不明の美貌。

 何も外国人だから変わっているわけではない。私はいろんな国にいったことがあるけど、別に人間の基本は同じだった。けれど、彼の場合は何か次元が違うような気がする。

 喫茶店のいろんな方向からいろんな視線が投げかけられる。目立つからこういう場所でお茶など飲みたくなかったけど、仕方がない。

「写真とられてるよ」

「え、どこどこ」

「右斜め後ろ」

「よぉし。いくよぉ」

 ひょいと私の肩を引き寄せて頬が触れるくらいの側に寄せると、彼はそちらに向かって笑顔でピースする。

「うまくとれたかなー?」

「何サービス精神出してるんだ」

「いいじゃない、楽しいことは」

 彼はおもむろに手を組んで、その上に顎を乗せる。

「で、僕が一番だよね?」

 首を傾げて上目づかいに問いかけてくる。彼の年齢でそれをやったら普通は拳骨が返ってくること間違いなしだが、彼の場合一瞬黙ってしまう破壊力があるから怖い。

「はいはい。それで何? そういうこと言い出すってことは、私に頼みごとがあるんでしょうが」

「わー、エンジェルすごーい。超能力者みたい」

 ぱっと手を上げて笑顔を見せる彼はなんて都合のいい性格をしているんだろう。そしてそれを許す私はなんて馬鹿なのだろう。

「エンジェル。実はね、僕には初恋の人がいるんだけど」

「それももう何度目かね。例によって男の人なんだったっけ」

 彼は女性にほとんど興味がなく、基本的に男性が好きだ。

「うん。僕、女の子はね、エンジェルとハルカだけだから安心していーよ」

「別にそんなことはいい。で、その初恋の人がどうしたって?」

 放っておくとどんどん脱線するので、私はぞんざいに首を振りながら促した。

「……その、ね?」

 もじもじとしてから、彼は意を決したように私の手を両手で掴む。

「彼に会いに行くから、一緒についてきてっ。エンジェルっ」

 がしっと掴む手の力は意外と強い。当たり前だ。これでも男の人だ。

「私が行っても邪魔になるだけだよ」

「僕一人で行ったら何話していいかわかんないもんっ。ねぇ、お願いっ」

 目をうるうるさせて私を見つめる碧玉の双眸は私の大好きな双子を思い出させる。黙っていればそっくりなのだ。いっそ嫌味なほど隅々までその遺伝子が及んでいる。

「……はぁ」

 童顔で妖精もどきで男好きで浮気者で甘えん坊でその他諸々の大人の男としては少々裏道を通り気味の彼。

「仕方ないな、父さんは」

 そんな父レオニードと私は、意外と仲良しである。