目覚めた時、俺は畳の上に布団を敷いて寝かされていた。
何度も来たことがあるからわかる。ここは伯父の家だ。
ガンガンする頭を押さえながら、俺は体を起こす。どうやら睡眠薬の類を使われたようで、体全体がだるかった。
「くそ……」
りょうに嵌められたと気づいて、俺は舌打ちをした。
あいつが手段を選ばない奴であることは熟知していたはずなのに、俺は油断していた。
――君が美晴?
ふいに八歳の時に出会ったときのあいつの声が蘇って、俺は目を伏せた。
あんな昔のことなんてあてにならない。十年もしたら人間など簡単に変わってしまう。
……そうわかっているのに、どこかでりょうに頼ってしまう自分がいた。
「あ、起きた」
ふいにふすまを開けてりょうが顔を覗かせた。
「ごはんにする? お風呂にする? それともぉ……」
外は白い光が差し込む早朝だというのに、りょうはきっちりメイクして身支度を整えている。エプロンまで着込んで、新妻ごっこもどきまでしている。
「人を殴って気絶させておいて言うことがそれか」
「だって、美晴が起きてると面倒くさかったんだもん」
かわいく肩を竦めて、りょうは悪びれずにあっけらかんと言う。
「安樹をどうした?」
「訊くと思ったから、りょう用意しておきましたー」
剣呑な調子で俺が問いかけると、りょうはエプロンの前ポケットからいそいそと写真を取りだす。
「……な」
そこには、全裸で竜之介とベッドに寝ている安樹の姿があった。
「それねー、いっぱい焼き増ししたから美晴にあげるよ」
「お前っ」
俺が胸倉を掴むと、りょうはくりくりの黒い瞳を瞬かせる。
「使わないの? 竜之介の分切り取れば安樹ちゃんのヌードだよ。美晴ならこれ一枚で何回も……」
「俺の安樹を汚らわしい妄想に使うかよっ」
壁に押し付けると、りょうは目だけで笑った。
「竜之介は龍二さんの思い通りに動いてくれたよ。関係を持ったからには、結婚して責任を取るって」
「まあ、あいつが本当に安樹と寝るわけがないが……」
婚前交渉など竜之介にはもってのほかだ。
「で、それはお前の思い通りなのか?」
「うん? それはもう、りょうの企画したイベントなんだから」
「そうじゃない」
俺が探るように見ると、りょうは首を傾げた。
「お前は伯父のために動いてるわけじゃないだろう」
「うん。りょうはりょうのために動いてるよっ」
「……」
その言葉も、違う。
りょうの言葉は嘘だらけだ。しかし本音を吐かせるには、俺は経験も立場もこいつに及ばない。
「とにかく、俺は帰るぞ。安樹と竜之介を結婚させるわけにはいかない」
「ねーえ、美晴?」
りょうは頬に手を当てて、のんびりと言葉を紡ぐ。
「別にいいんじゃないかな。竜之介と安樹ちゃんが結婚したら、龍二さんはそこそこ満足して手を引くでしょ。竜之介はどうせ安樹ちゃんに手が出せないでしょ。安樹ちゃんはこの家で大事大事される。何か問題ある?」
「安樹はそれを望んでない」
「でもそれが一番安樹ちゃんにとって幸せなんじゃないかな」
黒い瞳を面白そうに細めて、りょうは俺に言う。
「美晴が安樹ちゃんにくっついてるのは、美晴のわがままで安樹ちゃんの幸せを取り上げてるような気がしない?」
「俺は安樹のことを想って」
「ううん。美晴は怖いだけだよ」
ざく、と俺の心の柔らかいところを突かれたような気がした。
「安樹ちゃんがいなくなったらどうしていいかわからないの。……龍二さんと同じだね」
きゃっと、りょうは高い笑い声を立てた。
りょうはこうやって俺を怒らせることも多い。だがそれに乗ったらりょうの思うつぼだ。
りょうが伯父の腰巾着であるなら、もっと効果的に俺を嵌めるだろう。
試されている。それをりょうと接している時に強く感じる。
「りょう。お前は知ってるだろ」
「何を?」
笑いながら、りょうは俺の目の奥を見ている。
「俺と安樹の母さんの死の真相を」
「変なこと訊くね。安樹ちゃんが結婚っていう時になんでそんな話をするの?」
「すべてはそこから狂ってるんだ」
部屋はまだ薄暗く、りょうの輪郭も曖昧だった。
「母さんがロシアの抗争で死んだ可能性が高いから、父さんは俺たちをここに移した。伯父の威を借りてまで俺たちを守った」
「でも、日本人のりょうがロシアの抗争のことなんて知るわけないよ?」
「ロシアの抗争じゃなかったら?」
俺は問い返す。
「それに……日本のヤクザが絡んでたらどうだ?」
俺はりょうが何を考えているかは知らない。
だがりょうの正体は薄々感づいている。それを、りょうも気づいている。
「俺はお前と敵対するつもりはない。ただ、俺は母さんの死の真相を知りたい」
じっとりょうを見据えながら、俺は告げる。
「そして安樹を自由にする。安樹が行きたい場所に行けるようにする」
「そこに美晴はいなくても?」
りょうはにこっと笑って立ち上がる。
「なんて、美晴が思いきれるわけないか。じゃ、りょう行くね」
「おい。まだ話が終わってない」
「ご飯取りに行ってあげるんだよー」
後を追おうとして、俺は足に違和感を受ける。
「……これ」
俺の片足に足枷がはまっていて、壁の柱につながっていた。
「お好みで交換も可能だよっ。りょうのおすすめはこれっ」
どこから取りだしたのか、りょうは首輪を持って首を傾けて見せた。
ぷつ、と俺の中で何か切れる。
「出てけ、変態っ」
俺は自由な方の片足でりょうを蹴りだした。
頭痛がひどくなった気がして、りょうが出て行った後も俺は頭を押さえていた。