レフティ
それ以上を超えた先に

俺の中で時間が止まった。
やっぱり特別な子を作ると、ろくなことがない。

『菊池さんと先生って、そうだったんですね』

彼女はあえてだろう、“先生”と呼んだ。
それがひどく胸に突き刺さり、いまだに抜けてくれない。

たぶんきっと、俺は方法を間違えた。

これまで大切な人ができたことなんてなかったから、どう守ったらいいのか、わからなかったんだ。
― そんなのは、体のいい言い訳だろうか。

毎年、年の始まりだけは京都の実家で過ごすことにしている。
というか、上京するときにそう約束させられたからだ。

今年ももちろん、嫌々ながらそこへ帰ったわけだが、自分の実家だというのに、あまりにそこは落ち着かなかった。
やはり俺はどこまでいっても、山辺家の一員にはなりきれないことを痛感する。
父も母も、顔だけはあたたかく俺を迎え入れてくれるが、心の中でなにを思っているのかは大体わかる。

“いつになったら帰ってくるんだ”、たぶんそればかりだ。

長い廊下をまっすぐ進んで、突き当りを左に曲がった階段の上に、俺の部屋はある。
帰ってからは、食事のとき以外はずっとそこに立てこもっていた。
まるで反抗期の男子学生のように。

『悠太。開けるわよ』

母の声がして、返事をするよりも前に部屋の扉は開いた。
相変わらずせっかちである。

『ねえ悠太。最近どうなの?』

『どうって?』

『色々あるでしょう。仕事とか、結婚とか』

シャカシャカとお茶を点てながら、母は嬉々とした顔で尋ねた。
絶対に俺が答えないことは、わかっているだろうに。

『別に。普通だよ』

『普通ってなによ~まったく』

母が茶筅をくるりと回した時、ふと里香の茶道部の話を思い出した。
あれだけ不器用なのだから、右手でこんなことやれなんて、彼女には無理難題だろうな。
まるでその光景が目に浮かぶ。

『いやね、なに笑ってるの?』

気味悪そうな母の声で我に返ると、口元の緩んでいた自分に吐き気がした。

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