麻布十番の妖遊戯

 七

 気づくと瑞香は畑の上に立っていた。

「へえ、ここかい、あんたが埋まってるところっていうのは」

 なにやら嬉しそうな声で畑の土を歩いている昭子のことを瑞香はチラと横目で見、

「すみませんが気をつけてくださいね、その辺、実は私の頭のところなんです」と申し訳なさそうに昭子に教えた。

「あらそうかい。それは気づかなんだ」

 頭の位置から少し退けた昭子に小さく頭を下げた瑞香は、メロンソーダを片手に持っている侍に目を向ける。
 侍は畑の辺りを歩き回って何かを探している。

 こんなところにまでメロンソーダって。そんなに好きなのかしら。と、こんな状況にもかかわらず可笑しくて知らぬ間に顔がにやけてしまう。

 三人はまるで遠足にでも来ているかのごとく浮かれているようにしか見えない。
 しかし、どこにも司の姿はない。辺りを見回してみてもただ夜の闇があるのみだった。

「あの男は本当にこの畑に来るんでしょうか」

「来るぜ。確実にな」

 デニムの着物をを着ている太郎が襟を直してさらりと言い、目を細めて遠くを見た。

「じゃなかったらわざわざここへは来ないわよ」

 紅色の着物の裾を土につかないように引き寄せながら昭子が先を指差した。

「ほら、おいでなすった」

 長羽織を粋に着た侍が太郎と昭子の隣りに寄って行き、「こっち来て見てみなんせい」と瑞香を手招きする。
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