わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜

2.

鬼塚は何気なく振り返った。と、電話している一花が目に入った。そのまま自分の部署に戻ろうとして、なにかが引っかかってもう一度振り返った。

一花が電話している。テーブルの向こうの窓からいつもと同じ風景と明るい光が入ってきている。

そろそろ休憩時間が終わるので少しずつ社員が自分の持ち場に戻り始めている。ざわざわした音が通低音のようにしている。

おかしいところはない、はずだった。でも違う。なにが?

一花だ。

電話をしているはずなのに、全く口が動いてない。というか、全身固まったように微動だにしていない。

鬼塚は再び一花の元に行くと声をかけた。

「おい、どうした?」

一花は前をむいたまま返事どころか視線も動かそうとしなかった。

『お嬢様? 聞こえてますか?』

電話口から聞いたことのある壮年の男性の声が聞こえてきた。鬼塚は一花から電話を取り上げる。表示は思ったとおり嶋さんになっていた。

「嶋さんですか? 鬼塚です。なんだか一花の様子がおかしいんですが、どうかしましたか? 社長になにか?」

『ああ、鬼塚さんですか。よかった。お嬢様は?』

「なんだか、ぼうっと突っ立って、あ、待って下さい」

その時一花が鬼塚の方を見た。「鬼塚さん……」と小さく呟いて何か言おうとする。

「いいから、お前、ちょっと座ってろ。嶋さんと話すから。いいな」

鬼塚は窓際の椅子に一花を座らせた。

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