悪役令嬢の妹は自称病弱なネガティブクソヒロイン

裏切り

コンコン

 控えめなノックがされた。
 王都観光から一週間が経った。
 イサック殿下は相変わらず我が家を訪ねてくるが追い返すこともできずに適当に相手をしていた。
 特に仕事に支障をきたすこともないので今の所実害はあまりない。

 私はジークと仕事の打ち合わせをしていたのだが、また来たのかと思いルルに目配せを送った。
 できる侍女は私の気持ちを察し、部屋を出て対応してくれた。
 何度か言葉を交わしている気配がした後、困惑した顔でルルが部屋に戻って来た。
 こんな顔をするなんて珍しい。
 ルルは普段はあまり感情を表に出さないタイプの子なのに。

 「お嬢様、グロリア様がお見えです」
 「グロリアが?」
 それを聞いた私とジークは顔を見合わせる。
 お互い、とても困惑した顔をしていた。
 グロリアはあまり私のことが好きではないみたいで滅多に近づいて来ない。
 まぁ、私が忙してくて邸に居ないことも多くあるのでなかなか会えないのだが。
 それにしたって珍しいお客さんだ。

 「如何いたしますか、お嬢様」
 「通していいわ。カーネル先生の指導の成果も見たいし」
 「畏まりました」

 ルルに連れられてグロリアとグロリアのメイドが入って来た。

 「お姉様は、お茶を淹れさせましたの。
 一緒に飲みませんか?」

 正直に言うと仕事を始めたばかりだから休憩にはまだ全然早い。
 でもお茶のマナーや社交を見てあげるのは母が領地で幽閉されている今、姉である私の役目だ。
 カーネル先生から報告は受けているが実際に見てみないと分からないことあるだろう。
 私は持っていた書類を机の上に置いた。

 「いいわ、休憩には早いけど付き合いましょう」
 「ありがとうございます」

 ぎこちないながらも笑顔を作り、礼を述べることはできるようになったようだ。
 まぁ、それだけでは当然社交ができたとは言えない。

 席に着いて直ぐ、メイドが私と対面に座ったグロリアの前にお茶を置く。

 「それで、カーネル先生の指導はどうなの?」
 「どうとは?」
 おや?聞き返すことができるようになったようだ。
 前なら『えっと』で口を閉ざすか『大丈夫』など一言で完結してしまう言葉しか出て来なかったのに。
 成果はあったようだ。プラス5ポイントといったところかな。
 勿論100点評価で、だ。

 「進捗具合よ」
 「あの人がどこまでやらせたいのか分からないのでお答えしかねます」
 内容はまぁ、あれだが問題ないだろう。
 取り敢えずもう少し様子見だ。
 グロリアには何も言っていなかったが、カーネル先生の報告によってはグロリアを完全に社交界から追放し、修道院に入れさせることも父は考えている。
 本人が自分は病弱だと言っているし、それを理由に社交の場に出たがらないので貴族の中では彼女がまだ病弱なのだと思っている人間は多い。
 だから父はそれを逆手にとって、病弱で死んだことにして名も性も捨てさせ修道院に送り込むことも視野に入れている。
 そのことを知っているのは私と婚約者のクリス様。そして、カーネル先生だけだ。


 私は紅茶を一口飲んだ。
 「カーネル先生はどうかしら?」
 そして、これも評価対象に含まれる。
 何も知らずにのこのこやって来たグロリアは能天気に話し始める。
 「どう?と、聞かれましても私のことをイジメてばかり。
 お父様はなぜ、あの方を家庭教師にお選びになったのですか?
 あの方よりももっと優れた方は幾らでもいるでしょうに」
 マイナスだな。
 これは内容も悪いが何一つ分かっていない上に、言葉をオブラートに包まれていない。
 仮にそれが真実であったとしても悪口を言うことははしたないこととされている。
 (→平気で口にする令嬢が多いけど。それでも遠回しな言葉を使うように気を付けながら誰もが言っている。
 つまり『私は悪口なんて言っていませ』という姿勢を保っているのだ)

 これは、かなり大きなマイナスポイントだ。
 と、言ってもさっきあ上げた5ポイントしかなかったのでゼロになっただけだ。
 甘くつけてマイナス何ポイントにしなかっただけでもありがたいと思って欲しい。

 まぁ、思わないだろうけど。

 「あの方程素晴らしい先生はいらっしゃらないと思いますよ」 
 「お姉様は騙されているのですわ。
 もしくは私がイジメられているのを見て面白がっているのですわね。
 お姉様は私のことがお嫌いですものね」

 カーネル先生とグロリアのやり取りは面白いと思うよ。
 そして好きか嫌いかで聞かれたら1もなく2もなく『嫌い』と答えるだろうね。
 こんな卑屈な子を好きだと言える奇特な人間が居たら寧ろ会ってみたいわ。
 幾ら家族だからと言っても会い嬢にも限りがあるのよ。
 それにしても、マナーは何とかなっても肝心の根性がダメだ。
 何も分かっていない。いや、理解しようとするらしていないのか。
 これは完全に修道院行きをお父様に検討してもらった方がいいかもしれないわ。
 頑張ってくれているカーネル先生には申し訳ないけれど。

 「お姉様」
 「何かしら?」
 私はお茶を飲みながらグロリアの態度をつぶさに観察していた。
 手をモジモジする癖は治ったようだ。
 取り敢えず1ポイントあげよう。

 「隣国の王子様がよく邸にいらっしゃっているそうですね」
 成程ね。
 「あら、私てっきり勘違いをしていましたがカーネル先生の愚痴を言いに来たのではなくてイサック殿下のことをお聞きしたかったのですわね」
 まぁ、隣国の王子を気にかけ情報収集しに来たことは貴族令嬢として正しい行いだ。
 あまり褒められたものではないが。2ポイント上げよう。正しいことに変わりはないので。

 しかし、ミハエル様の次はイサック殿下。
 この女も大概、権力好きよね。
 誰でも良いって、私なんかをもらってくれる人が現れたるだけでも奇跡だと言っているのに。
 子爵位のクリス様には見向きもしない。
 ああ、そう言えば他の候補者様方にも見向きもしませんでしたね。
 もしこの子がただの使用人だと思っているジークの正体を知ったらどう動くかちょっと興味があるかも。

 「ええ。それがどうかしたの?」
 「お姉様はイサック殿下と婚約されるおつもりなのですか?
 メイドが言っていました。イサック殿下がお姉様を口説かれていると」
 「あれはイサック殿下の冗談のようなものよ。私は隣国へ行くつもりはないわ」
 「婚約をする気もないのにお姉様は王族を誑かしておられるのですか?」
 「何をどう勘違いしているのか分からないけど、私は伯爵家の令嬢としてお客様をおもてなししているだけです」

 話が面倒な報告に向かって来た。
 昔からそうだけど、グロリアは人の話を聞かないのよね。

 私は残っていたお茶を飲み干して立ち上がった。

 「話はこれで終わり。私は仕事があるから帰って頂けるかしら」

 机に戻ろうと足を前に出した瞬間、ぐらりと視界が揺れた。

 「お嬢様っ!?」
 「セシル様っ」
 切羽詰まったようなルルとジークの声が聞こえる。
 「お姉様、どうなさったの?」
 驚愕を表し、私に近づいてくるグロリア。
 その笑みが僅かに歪んでいた。
 体が動かないので視線だけを動かせばグロリアはお茶を1滴も飲んではいなかった。


 油断した。


 そう思った時には手遅れで体に毒が回り始める感覚を味わないながら私の意識は闇に閉ざされた。
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