三十路令嬢は年下係長に惑う
逃げ出した花嫁
逃避行のように、ドレスの裾をもって駆け出すと、自分がお姫様になったかのような気分になる。

 ホテルの一角、大安吉日に式をあげるカップルは多い。黒い裾引きに角隠し、白無垢、カラードレスの花嫁達の横を、白い裾をひるがえしながら、水都子は駆け抜けていった。

 ホテルの中庭、ちょうど式の合間なのか、スタッフが片付けをしている中、つるバラの絡まった東屋にたどり着いた。

 ここで写真を撮った事を水都子は思い出す。ガーデンウエディングも素敵ね、そんな事を言いながら、会場をここに決めた事を。

 雑誌を読んで、切り抜いて、たっぷり準備に時間をかけて、同じ方を見ていると思っていた。けれど、憧れの結婚式を夢見ていたのは自分だけだったのだ。

 ブーケも持たずに背筋を伸ばして、空を仰ぐと、既に次の組みの式をしているのか、風船が飛んでいくのが見えた。

 ああ、本当に、自分は置いて行かれたんだ、そう思って初めて水都子の瞳から涙が零れた。

 何となく、心のどこかで悔いた花婿が顔を出すのではないのかと期待していたのに、時間は水都子の事などお構いなしに進んでいくのか。

『カシャ』

 大きなシャッター音に驚いて振り返ると、一眼レフを持った男が立っていた。ホテルの写真係だろうか一応礼服を着てはいるが、手に持っているのと他に、もうひとつ大きな望遠レンズをつけたカメラを肩にかけている。

 水都子が睨むと、カメラマンが一言詫びた。

「ごめん、なんか、絵になってたんで」

「黙って撮るなんて失礼じゃないですか、消して下さい」

 ずっと出なかった声は、思っていたよりずっと大きかった。水都子は自分に驚きながら、怒りで声が震えている事に気がついた。

「消して下さいッ!」

 ヒステリックに叫ぶと、カメラマンはあわてて手にしたカメラを操作し始めた。

「ほら、すごくキレイだ、消すなんてもったいないって」

 カメラについている小さいディスプレイではシルエットしかわからない、けれど、キレイと言われて悪い気のしなかった水都子は、思わずカメラをのぞきこんだ。

「こんな小さい画像じゃわかんないんだけど」

 素直に言う水都子に、カメラマンがにこやかに言った。

「あんた、素直だなあ、とても花婿に逃げられたとは思えない」

 水都子はどうして、とは言わなかった。何だかいまさら怒る気持ちにもなれずに、きょとんとした。

「どうして素直だと逃げられないって思うの?」

 水都子は、カメラマンに尋ねた。不躾だし、突然写真を撮るような失礼な男のはずなのに、キレイと言われたのが心地よかったのか。我ながらゲンキンだと思いながら。
< 2 / 62 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop