來夢は背中に視線を感じながらストッキングに足を通す。

「帰るの?」

「うん」

「ロッキングチェア届いた?」

「うん、届いたよありがとう」

「誕生日プレゼントに変わったもの欲しがるんだね」

 将樹が後ろから來夢を抱きしめてくる。

「ねぇ、延長しようよ」

 來夢の手が止まる。

「いいよ」

 その言葉を合図に将樹は來夢の首筋を強く吸った。



 來夢は黄緑色のスプリングコートを羽織って外に出た。

 日中は暖かくても夜や早朝はかなり冷え込む。

 コートの下で体が震えた。

 昨夜の宴のあとを残した街を來夢は早足で歩いた。

 足元にヒラヒラと白い花びらが舞い落ちてきて顔を上げる。

  桜が來夢を見下ろしていた。

 雪也がいなくなってから3度目の桜だった。

 この3年間、雪也を思い出さない日はなかった。

 雪也と過ごした楽しかった日々、それだけを思い出した。

 雪也が幼女を犯したという事実を來夢は意識的に封印し続けた。

 3年でその事実は夢か幻のような出来事にに思えてきた。

 自分を愛した雪也だけが本物でそれ以外の雪也は誰かが作った虚像。

 きっと何かの間違いだったのだ。

 自分が信じてあげなければ誰が雪也の潔白を信じてあげるのだ。

 これこそが真実の愛ではないのか。

 その來夢の願望は3年でいつしか確信に姿を変えていた。

 雪也は來夢の中でもっとも美しい思い出となった。

 雪也が1度も自分を抱かなかったことでさえ2人の関係を純潔な美談とする道具になった。

 封印し、トカゲの尻尾のように引きちぎった最後が黒ければ黒いほど、それは美しく輝いて見えた。

 それでもぽとりと落ちた尻尾が消えてなくなることはなかった。

 気配だけ残しでいつもそばにあった。