イリューシャの熱が落ち着いた翌朝、ロジオンはダミアにイリューシャと話をするように勧めた。

「リィ。体が結晶化しているとは本当なのか?」

 身支度を整えて食卓に現れたイリューシャに、待ち構えていたダミアが訊ねる。

 話してしまったのと、イリューシャは困り顔でロジオンを見やる。その仕草でダミアは答えを知って、眉を寄せる。

「座りなさい。とにかく回復の手立てを考えなければ」

 ダミアもある程度予期していた事態だった。ここ数日のイリューシャの食の細さを振り返れば、何かの病を疑うのが自然だった。

「ごめんなさい、にいさま」

 イリューシャが席についてすぐに告げると、ダミアは一拍考えて問う。

「私はリィにとって、まだ家族ではないのか?」

 その声音が傷ついた色を持っていたので、イリューシャは戸惑う。

「精霊は家族を絶対視するという。十六年間ここで一緒に過ごしたが、リィは今も精霊界に焦がれているのか? まだ……家族の元に帰りたいのか?」

 いつも水を入れ替えて健やかにしていた食卓の花は、イリューシャが床についていたせいでとっくに枯れていた。

 イリューシャはうつむいて、自分の心に訊いてみる。

 イリューシャは生まれてまもなく精霊界から連れてこられた。精霊の家族は、顔も覚えていない。

 けれどダミアを心から家族と思っているかというと、心の奥が見通せない気がした。

「……にいさまとロジオンのように、どうしたらなれるのでしょう」
「私とロジオン?」

 ダミアは意外そうに問い返す。ロジオンも怪訝そうにイリューシャを見やった。

「一度刃を取り出しても、収められる。喧嘩をしても、今みたいに隣に座っていられるのは、どうしてですか?」

 イリューシャはダミアから目を逸らして言う。

「にいさまとロジオンみたいになりたい。でも、どうしたらいいのかわからない……」

 しょんぼりと肩を落としたイリューシャを見て、ダミアは雷に打たれたように息を飲む。

 黙りこくったダミアを見上げたとき、イリューシャは目を疑った。

「にいさま?」

 ダミアの両目からつたっていたしずく。それが涙だと気づいて、イリューシャは驚く。

「どうされたのですか。わ、私が情けないことを言ったから?」

 ダミアは首を横に振って、ため息をついて言った。

「すまない。知らなかったんだ。女精にとっての家族は私たちの家族と違うと聞いていたが、そんな風に考えているとは思ってもみなかった」

 イリューシャが不思議そうな顔をすると、ロジオンが言った。

「有翼人種の女性体が生まれなくなった理由を知っているか?」
「それは……女性体が暴力を受けたからだと」
「暴力といえば、確かに暴力だ」

 ロジオンは苦々しい口調で告げる。

「俺たちも家族は絶対視する。けれど意味が違う。たとえば番いに似た子がたくさん欲しいために、番いが衰弱しても毎年のように子を産ませたりする」
「え……」

 ダミアもそれに続ける。

「番いがいない者は、姉妹に執着する。他の有翼人種の目に触れないように隠すのが普通だ。姉妹が逃げないように拘束具をつけることも多い」

 言葉をなくしているイリューシャを見据えて、ダミアは告げる。

「怖いだろう。それが我々の獣性というものだ。……ただ、今更リィを解放してやることはできない」

 ダミアはふいにいつものような優しい目でイリューシャを見た。

「でも、そうか。リィは、私とロジオンのようになりたいか……」

 イリューシャがうなずくと、ダミアは黙って何事か考えているようだった。

 ロジオンはその兄を見やって、忠告するように言う。

「お前が今考えているのは、いにしえからたくさんの同属が落ちた方法だぞ」
「だがリィの不安は消せる。体も治るだろう」
「ダミア!」

 ロジオンの怒声にびくりとしたのはイリューシャで、ダミアは身じろぎもせず弟を見返していた。

 ダミアはイリューシャに目を移して、静かに諭す。

「リィ。獣性を恐れる気持ちはわかる。でもリィが生きていくには、獣性が必要なんだ。誰かから、何かを奪う」
「奪う、の?」

 声が震えたイリューシャに、ダミアはうなずいた。

「そう。だからにいさまの命を半分、奪いなさい」

 時が止まったようにイリューシャは凍り付く。

 ロジオンも押し黙った前で、ダミアはイリューシャにその方法を話し始めた。