打って、守って、恋して。
遠ざかる彼の背中

『さぁ、間もなく決勝が始まります。日本のスターティングメンバーは昨日の準決勝とほぼ同じです。打順の入れ替わりもありません。特に上位打線は打撃好調をキープしていますね』

『トップバッターの藤澤から五番の上村まで打率は全員三割超えてますからね。クリーンナップの三人はホームランも期待できます』

『さて、それから日本の先発ピッチャーですが、予想通り栗原でしたね、彼は予選では七回途中まで二安打無失点に抑えています』

『ただ、決勝の相手は韓国です。全員プロの選抜チームですからね。どの打順も気が抜けない』


相手チームは全員プロ……。

試合前に実況アナウンサーと解説の二人が展開する話を聞きながら、早くもこれから始まる決勝がそう簡単に勝てるものではないと悟った。


誰が集合をかけるでもなく自然と事務所の応接スペースに社員が集まり、日本を応援する体制になっている。
そういえば地元のプロ野球チームが日本シリーズに進出した時も、こうしてみんな集まっていたなと思い出す。あの頃の私は野球に興味がなかったから、サクサク仕事を終わらせて「お先しまーす」なんて言って帰っていたけれど。

そんな私が今こうして誰よりもいい場所を陣取って野球中継を見ているなんて、自分でも信じられない。


「栗原くん、いつもと全然違う」

ぽつりとつぶやいた沙夜さんが、画面に映る栗原さんを見て困惑した表情を浮かべていた。

「そりゃそうですよ。勝ったら金メダルですから」

「なんか、テレビ越しなのに殺気を感じる」

「集中してるんだと思いますよ」


たしかに、野球から離れている時の栗原さんしか知らなければ、今の彼はあまりにも違う顔をしているので同一人物だとは思えないだろう。
普段が人当たり良くて明るいからなおのこと、にこりともしない鬼気迫る表情は別人のようだ。

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