大江戸シンデレラ

◇戀歌の場◇


その日の昼はめずらしく、舞ひ(まい)つるにはいずれのお師匠の稽古もなかった。

それゆえ、姉女郎の羽衣が持つ二階の座敷で、妹女郎である禿(かむろ)()おりと()おとと共に、手習い(書道)を教わっていた。

吉原では女郎はともかく遊女にとって、客へのご機嫌伺いの(手紙)は欠かせない。

如何(いか)ように客の心を鷲掴みにするかが、吉原の女の腕の見せ(どころ)だ。

流麗な墨跡で、当節流行(はや)りの狂歌や川柳を織り交ぜつつ、せつせつと客への「恋ごゝろ」を書き綴る。

狂歌や川柳にはよく(いにしえ)の昔に(うた)われた和歌を下地に、おのれなりに今様(いまよう)()む「本歌取り」が用いられる。

ゆえに、かような古の和歌を我が身に沁み込ませるためにも、手習いの折に先人が遺したさまざまな名歌を書き写す稽古をする。

本日は、各々(おのおの)が万葉集より歌を(えら)んで、漆喰紙に(したた)めることとなった。

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