それは誰かの願いごと




「………なんや、お姉ちゃん、どないしたん?」

わたしの焦燥感とは似ても似つかない、のんきな蹴人くんの声が、背後から聞こえたのだった。


「蹴人くん?」

渾身の力で振り向いたわたしは、もう逃がさないとばかりに蹴人くんの手を握った。

「わ、どしたん?急に。ぼくになにか用事あったんやろ?」

蹴人くんはもう一脚のソファの肘掛けに浅く座り、お決まりのように足をブラブラとさせている。
わたしは蹴人くんの両手を握ったまま、その場に屈んだ。そして蹴人くんを見上げる。
この賢くて小さな男の子は、わたしが呼び出した理由をもう悟っているのだろうか。

でも、純粋な瞳で、きょとんとわたしを見下ろす蹴人くんを、わたしはもうただの子供だとは思えなかったのだ。


「蹴人くん、わたしのお願いごと、かなえてくれる?」

「え、お願い決まったん?」

蹴人くんはちょっと驚いたように言って、わたしの後方にあるベッドの方をちらと見た。

「うん、決まったよ」

「……わかった。ええよ」

「わたしの心の真ん中にいる人が、幸せになりますように」

間髪入れず、きっぱりと、まっすぐに蹴人くんに告げた。

すると蹴人くんはさっきみたいに驚いた反応は示さず、わたしとつながってる手をピクリと動かした。
そして、まるで大人がするような仕草で、ハァ…とため息を吐いた。


「お姉ちゃんの心の真ん中にいる人の幸せか……。そうやんなぁ、お姉ちゃんの大切な人って言うたら、あのお兄ちゃんしかおらんもんなぁ………」

「うん。ダメかな?」

「せやなぁ……、自分の子供とか、自分が世話になった人とか、そんな感じで自分にとって大切な人って、人それぞれやし、時間が経てば変わっていくこともあるんやろうけど、お姉ちゃんの場合は、ずっとあのお兄ちゃんなんやな……」

蹴人くんはそう言うと、うーん、と悩むように目を閉じた。







< 175 / 412 >

この作品をシェア

pagetop