それは誰かの願いごと
「………なんや、お姉ちゃん、どないしたん?」
わたしの焦燥感とは似ても似つかない、のんきな蹴人くんの声が、背後から聞こえたのだった。
「蹴人くん?」
渾身の力で振り向いたわたしは、もう逃がさないとばかりに蹴人くんの手を握った。
「わ、どしたん?急に。ぼくになにか用事あったんやろ?」
蹴人くんはもう一脚のソファの肘掛けに浅く座り、お決まりのように足をブラブラとさせている。
わたしは蹴人くんの両手を握ったまま、その場に屈んだ。そして蹴人くんを見上げる。
この賢くて小さな男の子は、わたしが呼び出した理由をもう悟っているのだろうか。
でも、純粋な瞳で、きょとんとわたしを見下ろす蹴人くんを、わたしはもうただの子供だとは思えなかったのだ。
「蹴人くん、わたしのお願いごと、かなえてくれる?」
「え、お願い決まったん?」
蹴人くんはちょっと驚いたように言って、わたしの後方にあるベッドの方をちらと見た。
「うん、決まったよ」
「……わかった。ええよ」
「わたしの心の真ん中にいる人が、幸せになりますように」
間髪入れず、きっぱりと、まっすぐに蹴人くんに告げた。
すると蹴人くんはさっきみたいに驚いた反応は示さず、わたしとつながってる手をピクリと動かした。
そして、まるで大人がするような仕草で、ハァ…とため息を吐いた。
「お姉ちゃんの心の真ん中にいる人の幸せか……。そうやんなぁ、お姉ちゃんの大切な人って言うたら、あのお兄ちゃんしかおらんもんなぁ………」
「うん。ダメかな?」
「せやなぁ……、自分の子供とか、自分が世話になった人とか、そんな感じで自分にとって大切な人って、人それぞれやし、時間が経てば変わっていくこともあるんやろうけど、お姉ちゃんの場合は、ずっとあのお兄ちゃんなんやな……」
蹴人くんはそう言うと、うーん、と悩むように目を閉じた。