ハイスペックなイケメン部長はオタク女子に夢中(完)
1.新人事
吉田あやめ、北見グローカルコーポレーション総務部総務課で働く25歳。趣味は人間観察とイラストを描くこと。同じようにイラストを描いている友人達からは、見た目と性格のギャップがありすぎるとか、喋らなければモテるのに、とか結構ひどい事を言われている。他人からのあやめの印象はフワフワの天然系、趣味はお菓子作りみたいな雰囲気らしい。しかし、実際はオタク街道まっしぐらのイラスト好きで、天然ではなく、わりとはっきり物を言うタイプだ。相手から告白されて、付き合って数日でやっぱりムリだと言われたり、先輩に食事に誘われ、どこに行きたい?と聞かれ、その時食べたかったのが牛丼だったから、牛丼屋に行きたいと答えると、白い目で見られて、やっぱり今日は止めておこうと言われたり、学生時代から、「そんな人だと思わなかった」という台詞を何度聞いたかわからない。「そんな人」ってなんだよ、と思いながらも、「そんな人」で悪かったな、でもそれが吉田あやめだ!と内心ものすごく反発していた。それでも、いつか、自分の趣味を理解してくれる優しい旦那様と結婚したいという願望はある。

大学を出て入社した北見グローカルコーポレーションは、あらゆる広告や、広報活動支援を中心に業績を伸ばしてきた会社で、あやめは入社依頼、ずっと総務部総務課で発注品の入力作業、備品管理や福利厚生の手続きなど、いわゆる会社の雑務一般を請け負っている。特に何らかの技術も、それほどの対人スキルも必要でなく、普通にワードやエクセルが使えれば誰にでも代わりができる仕事で、仕事自身にはそれほど魅力はないが、あやめは特に気にしていない。基本的に定時で上がれて、疲労もそれほどなく、夜はしっかり趣味のイラストを描く時間がとれるので、あやめにとっては最高の職場だと思っている。淡々とこなす事務作業をつまらない、と異動願いを出す人も多いが、あやめは気がつけば3年、同じ仕事を毎日コツコツ続け、いつの間にか頼られる存在になっていた。総務課の仕事は、雑務が多いので、入力作業をしていても、他部署から依頼があればすぐに中断して対応しなければならない。

「吉田さん、ちょっといい?」隣のブースから課長が呼んでいる。あやめは手を止めて課長の元へ行く。

「来月の全体朝礼で、デザイン企画部の部長交代が発表されることになった。井畑部長は退社されることになるから、花束の手配と諸々の事務手続きを頼む」と課長が告げた。あやめは

「かしこまりました。」と来月朝礼、花束の手配とメモし、席に戻ろうとすると、

「あと、後任の手続きも、今月中にこっちに手続きに寄ると思うけど、それもよろしく」と言った。

「はい。」と答えて、そう言えば、後任は誰だか聞いても良いのだろうか?と思っていると、

「村川課長、お客様です。」と声がかかった。フロアの入り口を見ると、背の高い男性が、中堅の社員たちと談笑している。絵になる男性だなーとイラストの構想を練りそうになったあやめは、仕事中だと意識を切り替え、席に戻ろうとすると、

「あぁ、噂をすればだな。」と課長が言いながら、男性の元へ歩いていった。あやめは席に戻って何となく課長の姿を目で追っていると、幾つもの視線が男性へ注がれてることに気がついた。他の女性社員たちも興味津々といった感じだ。確かに、目を引く男性だなーと思いながら、入力作業に戻った。しばらくすると、

「吉田さん、小会議室にお茶2つ頼む」とまた課長から声がかかった。手を止めて給湯室へ向かい、お茶の準備を終えノックして、

「失礼します」と控えめに挨拶し、先程フロアの入り口で注目を集めていた男性と課長にお茶を出し、一礼して部屋を出ようとすると、

「吉田さん、さっきの話の続きだけど。」と課長が言うので、あやめはさっきの話って何だ?と思いながら振り返ると、

「こちらが、後任の北見部長。」と続けた。あやめは一瞬驚きを隠せなかったが、そういうことか、と納得し、

「承知いたしました。書類は今お持ちしたらよろしいですか?」と課長に聞くと、

「あぁ頼む。彼はフランス支社派遣扱いになっているから、異動届で構わない。」と課長が言った。

「かしこまりました。」とあやめは答えて一礼して会議室を離れ、フロアに戻り、異動届と海外支社から転勤する人用の転居届など一式をクリアファイルにまとめ、再び小会議室に戻った。
< 1 / 36 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop