『それでは失礼いたします』
 私が笑顔を向けると呼応するように微笑みが返ってくる。
 よかった。ちゃんとお役に立てて。
午後一スキップしたくなる衝動を押さえつつ踵を返して歩いていると、前のエレベーターが開いて男性が一人降りてきた。
「灰原さん」
「あ、副支配人」
 副支配人の福田さんだ。五十代後半で少し薄くなってしまった髪と眼鏡の丸顔はマスコットキャラクターみたいで、絵に描けそうだ。困ったような八の字眉は通常からそうだから、常に恐縮しているような印象を受ける。だけど、副支配人という立場でもおごらず腰の低い、お客様だけでなく従業員からも慕われる名ホテルマンだったりする。
「い、い、今お連れした方はっ!?」
「え?レストランをお探しだったので……」
 後ろのレストラン入り口を指し示そうとして振り返るとまだその人は立っていた。私と副支配人を見てにこりとあの蕩けそうな甘いマスクを綻ばせる。
「そ、そ、総支配人!探しましたよ」
 へ?
 背後から飛んできた福田さんの声に一瞬頭が真っ白になる。
 総支配人?誰が?
 目の前には金髪の麗人しかいない。
「すみません、福田さん。総支配人室に行く前に館内を見て回っていまして」
 流暢な日本語が的確な発音で彼の形のよい唇から紡ぎだされる。
 え、日本語?その前に、総支配人って……商談相手が待ってるって……あれ?おかしくない?
 そこで全部嘘だったのだとようやく気付いた。
 私があんぐりと口を開けて固まっていると、総支配人であるその人は花が咲き乱れるかのように完璧な笑みを浮かべた。
「申し訳ありませんでした。灰原さん。ただ、あなたの接客は素晴らしかったですよ」
 この天使のような笑顔は仮面で、その下に悪魔の顔があることを、この後痛いほど思い知らされることになる。