「あなたは私のことを完璧だというけれど、蓋を開けてみればそうでもない。全員そんなものです。誰もが聖人君主ならば、この世の中『悪』という文字はありません」
「光があれば影もあるってこと?」
「そうです。ただ、一つだけ訂正させていただくとあなたは『偽善』ではない」
 思わず顔を上げると、すぐ傍にエメラルドがあった。その双眼は優しく私に慈愛の光を降り注いでいた。
「『偽善者』というものは、自分の正義を翳すだけで都合が悪くなると放り出すものです。あなたは捨てるどころか、最後まで抱え込むでしょ?それを日本では『お節介』と呼ぶのでは?」
 私は返す言葉をなくした。その時の彼の得意げな顔といったら、憎らしいくらい完璧で美しかった。
「本当に日本語、達者ですね」
「日本人の方から、お褒めに預かるなんて光栄です」
 負け惜しみすらも簡単に厭味返しされる。私はくっついていた身体を離して一歩退いた。ごしごしと頬を擦ってから、腰に手を当てて総支配人を見据える。
「泣いたらおなか空きました」
 私の突然の申し出に、彼は優美に微笑みを返してきた。
「何をご所望で?」
「がっつり焼肉」
「わかりました。いい店があります」
 そう言って総支配人は懐から出したスマホを操作する。
「お任せします。ただ、まだ借金もあるし、私が払う……」
「今、諸事情で金欠なのでは?」
「……割り勘でお願いします」
「ごちそうしますよ」
「いいえ、大丈夫です」
『はいはい、可愛げのないお嬢さん』
 フランス語で最初言われた単語が聞こえてきた。ただ、今の私は我儘を隠すことなく、ツンと唇を突き出してそっぽを向く。好き放題しても嫌われない場所で自由に振る舞う少女に戻ったみたいに。
「行きましょうか」
 誘導されるように自然と手が繋がれた。自分よりも一段と低い体温に何だか振りほどく気も起きなくて、あたためるようにそれを握り返した。