私は綺麗に内装されたマンションの廊下を歩きながら、前を行く高い背中を見つめていた。
「そ、総支配人」
「もう仕事場ではないので、ルイで」
「は、す、すみません」
 前に何度か注意されたけど、気を抜くと癖で呼んでしまう。小さく頭を下げると、不意に彼の足が止まった。スーツのポケットから鍵を出して、施錠を解く。
「何もなくて申し訳ないんですけど、くつろいでくださいね。美希さん」
 そう言って振り返ったルイさんは、自分の部屋の扉をゆっくり開いたのだった。
 あれからローラさんを加えた三人でケーキを食べた。ホールケーキを二人で食べるのはさすがに大変だったから助かった。ルイさんは一人不服そうにローラさんを睨んでいたけど、ローラさんは全く気にしない様子でケーキを堪能していた。力関係的には彼女のほうが上のようだ。この氷の王子よりもさらに上に君臨する人がいたのには驚いた。
 それからは二人で退勤して、ルイさんが予約していたレストランで夕食をとった。有名イタリアンレストランだった。ちゃんと誕生日だから前もって予約してくれていたらしい。私はケーキを食べた後でも、そのおいしさに感動してコース料理も完食した。満足げな私にルイさんもご満悦で、二人機嫌よくレストランを出た。
 そこからだ。空気が一変したのは。緊迫して空気が張りつめている、というのとはちょっと違う。ただ、緊張はしている。多分、二人の頭に同じ事が浮かんでいたと思う。
「この後、どうします?」
 ついにタクシー乗り場まで来て、私の手を引いていたルイさんが振り返った。私はビクリと肩を震わせる。彼の問いの意味をわからないほど、子供でもない。
 ただ、どう答えるのが正しいのかわからない。きっと私が「帰る」と言えば、彼は尊重してくれるだろう。無理強いをするような人ではない。断っても気を悪くする素振りもしないだろう。
 だから、結局私がどうしたいか、なのだ。
「私の部屋でよければ、来ますか?」
黙ったままの私に大人な彼はわかりやすい選択肢を提示する。どこか熱の籠った彼の瞳を見つめ返した。
 このまま帰る……には寂しい気がした。
私が小さく頷くと、彼はやってきたタクシーの中へそっと手を引いた。