素敵な協議離婚~あなたが恋するメイドの私~
4月8日

「オレと別れて欲しい」

それはまだ肌寒い春の日、夫であるランスから告げられた言葉だった。

弁護士であるランス・ガードナーの妻である私、メリー・ガードナーはこの地方の有力な議員の一人娘として産まれた。
しかし、選挙資金の工面に苦労した父が、顧客を多く抱える弁護士で常に大金を稼いでいたランスに、私との結婚話を持ちかけられ二つ返事で了承したことがこの不幸の始まりだった。
ランス・ガードナーは私の血筋だけが必要だったのだ。
私の実家、ディクスン家は大統領を輩出したこともある家系で一族は皆政治家であり、有力なコネを持ちたいランスにとって、私という女は願ってもない駒だった。

結婚話が纏まったとき、私はまだハイスクールに在籍していた。
演劇部とチアリーディング部、写真部に掛け持ちで所属し、とても充実した日々を過ごしていたのに……。

いや、それでも結婚生活が楽しければ文句もなかったかもしれない。
幸いにも、とても好みの顔をしていたランスのことを、あの時は好きになれるかもと思ったものだが、そんなものはすぐに打ち砕かれることとなった。
結婚式直後、彼は全く家に帰って来なくなった。
だが、政治家のパーティーや資金力のある経済界の大物主催のパーティーなど、ディクスン家の名前が必要な時だけ私を一緒に連れて歩いた。

それ以外に使い道がないだろう?とでも言うように。

やがて私は何かに期待するのをやめ、一人でいる時間を有意義に使おうといろいろな趣味を始めた。
絵画、アートフラワー、料理や写真。
中でもハイスクール時代から好きだった写真には本格的にのめり込み、週末には教室の生徒さん達と撮影旅行に行くことさえあった。
きっとそういう私の行動にも、彼は一向に興味がなかったんだろう。

そのうちディクスン家の旗頭的存在であった父が病死し、私の価値は無くなるどころか彼にとって厄介なものになっていった。

前々から付き合っていた愛人と結婚したいらしい彼は、どういって話そうかと考えた挙げ句、弁護士らしからぬつまらない言葉で別れを切り出した。

「もちろん慰謝料は払う。いくら欲しいか言ってくれ。いくらでも払おう」

「わかりました。金額が決まったらこちらも弁護士を通じてお知らせするわね」

「ああ、すまない」

「いえ別に。あ、もうこのまま家を出るわ。私物は纏めてあるし、纏めてないものは捨ててもらって結構よ」

「わかったよ……あの……」

「じゃあ、さようなら。お元気でね」

何かいいかけたランスを残し、私は軽やかに玄関の扉を開けた。
この3年間で、こんなに嬉しい日があっただろうか!
私はもうどこにでも行ける!
自由だ、自由を手に入れた。
ランスから貰う慰謝料で、大好きな写真の勉強をしてカメラを買って、アパートを借りて独り暮らしをしよう。
そして、あわよくば写真の仕事が出来たらうれしい。

背中に羽が生えたように浮き沈みする体をコントロール出来ずに、おかしなスキップで私はガードナー家を後にした。

< 1 / 31 >

この作品をシェア

pagetop