九月、私が札幌に戻って二週間が過ぎた。その間、私は注意深く建人を見つめている。
 私の様子がおかしいことに建人はすぐに気がついた。でもそれは、兄を亡くした悲しみからくるものだと勝手に解釈して、私に優しく接してくる。
 私が建人の顔をまっすぐに見ることができないのも、私が台所に立つとそこに立っていたであろう女を思って息ができなくなるのも、全て兄との別れのせいだと考える建人は、いつものように、いつも以上に私を労り、優しく触れる。
 でも、その手が、その声が、その全てが私を苦しめる。その手は誰の身体を抱いたの?その声は誰の名前を呼んだの?そう問いたいけれどそれができない私は、ただ息を詰めるしかできない。

 部屋に居るのが辛い。先月、この部屋で建人は誰とどんな時間を過ごしたのだろう。どんな女がこの部屋で、我が物顔で家事をしたのだろう。建人はその女をどんな想いで見つめていたのだろう。その時、建人の心に私はいたのだろうか、その時達人は私に対してどんなふうに思っていたのだろう。申し訳ないと思ったのだろうか、私の悲しむ顔を思い浮かべたのだろうか、それとも、私のことなんて忘れ去っていたのだろうか。
 その女はどんな女なのだろう。私よりも若いのか、私よりも美しいのか、私よりも達人の心に寄り添っているのだろうか。
 そんなことを考えてしまう私は、部屋にいることができなくなる。

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