星空電車、恋電車

忘れたい

***

「あ、山下じゃん」

天文台の中を3人並んで歩いていたところに背後から声がかかった。

3人同時に振り返ると、そこにいたのはあの柴田さんだった。お友達らしき女性と二人で私たちの前の上映回で観ていたらしい。

「柴田か」
山下さんが少し嫌そうな顔をしたのを柴田さんは見逃さなかった。
一緒にいる私と恵美さんを面白そうにじろじろと見ている。

「へぇ。斎藤さんとあの時の新入生の子じゃない。あ、もしかして最近噂になってる山下がしょっちゅう一緒にいるバンビちゃんってもしかしたらこの子のこと?」

「そういう言い方やめろよ」
山下さんが顔をしかめ斎藤さんの顔も曇った。

バンビちゃんですか。

確かに陸上やってたから色は黒いし、足も筋肉質で細いですけど。
間違ってはいないけれど、私もあまりいい気持ちはしない。

バンビちゃんはともかくとして、しょっちゅう一緒にいるっていうその言い方だと、まるで私と山下さんの間に特別な何かがあるみたいに聞こえる。
山下さんが好意を持っているのは斎藤さんだし、私のことはその協力者としての関係だ。

また更に柴田さんに対する私の印象が悪くなった。
ただでさえ、桜花さんを思い出して嫌な気持ちになるのに。
いい人なのかもしれないけど、私はこの人のことを好きになれない。

「あ、ねぇ。確かあなたチナちゃんだっけ?もしかしてこの間のかがみ台の観測会に行った?」

急に私に向き直った柴田さんが問いかけてきた。

え?
胸がドキンと弾む。
「ど、どうしてですか?」

「うん、私の幼なじみが観測会で後輩の女子を見かけたんだって。それからその子のこと探してて」

ひゅっと息を呑み込みそうになってギリギリ踏みとどまる。

「高校の一つ下の後輩なんだって言ってたわ。そういえば、あなたも1年生だったなって今思ったの」

柴田さんは何となく聞いてみたと言う感じでそんなに疑われているわけではなさそう。私は無理やり笑顔を作る。それでも、私の鼓動は速くなるし、指先が冷たくなっていく。
彼女の幼なじみが探しているのはたぶん、いや間違いなく私だ。

「出身どこだっけ?」
まだ追及してくる柴田さんだけど、この質問の答えは私にとってマイナス要素ではない。

「神戸です。恵美さんの卒業した高校のすぐ隣の学校でした」
ねっ、と恵美さんにぎこちない笑顔を向け同意を求めると、恵美さんの硬い表情も少し和らぎうんと大きく頷いてくれた。

嘘はついてない。
私の卒業した高校は神戸だ。
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