極上御曹司に求愛されています
第一章

からりとした気持ちのいい風が頬を撫で、芹花は口元を緩めた。
そろそろ肌寒さを覚える十一月半ば。
先シーズンの終わりに、芹花でも手の届く価格に落ちていたコートの出番もいよいよだとワクワクしてきた。

「このスカートも、セールになるのをじりじりと待って、買ったっけ」

駅から職場まで徒歩五分の通りを軽やかに歩きながら、芹花はフフッと笑った。
カツカツと規則正しい音をたてるパンプスも、店でひと目惚れしながらも、一週間悩んでようやく買ったお気に入りだ。
いざという時のためにと残しておいたボーナスを、今がまさにいざという時だと自分に言い聞かせて買った。
艶のある黒いレザーは上品で、つま先には茶色いリボンがあしらわれていてとてもかわいい。
ヒールの高さも五センチと歩きやすく、芹花は丁寧に手入れをしながら大切に履いている。
職場に向かいながら、チラリと視線を足元に向ければ、汚れひとつないハイヒールが、芹花の気持ちを軽やかにしてくれる。
芹花は今日の仕事の予定を頭に浮かべながら、忙しくなりそうだなと小さく息を吐く。
そういえば、イラスト集の最終の打ち合わせも午後に予定されている。
芹花にとって、思いがけないことばかりが続いたこの半年だったが、いよいよ来月には夢のような出来事が待っているのだ。
そう、芹花にとってはこの先百年分のクリスマスプレゼントを手に入れるに等しいことが。
芹花はキュッと引き締まった気持ちを解くように軽い呼吸を続けながら、足を速めた。
まるで、気を緩めれば逃げてしまう夢を追いかけるように。

「おはようございます。今日は早いですね。出張ですか?」

事務所に着いた芹花は、仕事用のフラットシューズに履き替え、席に着いた。
まだ八時を少し過ぎたばかりだが、既に弁護士が数人と事務職の女性たちが仕事を始めていた。

「北海道に行ってくるよ。こことは比べられないくらい寒そうだから、ちょっとビビってるんだよね」

そう言って肩をすくめて笑う真島は、今年六十歳のベテラン弁護士だ。
芹花が事務仕事を担当している数人の弁護士の中でも最年長で、事務所に所属する百人を超える弁護士たちの目標ともいえる辣腕弁護士。
世間から注目を浴びる裁判での弁護をいくつも引き受け、依頼人の思いを勝訴につなげるやり手弁護士としてもその名を知られている。


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