恋を忘れたバレンタイン
バレンタイン前日
バレンタインデー…… 

 たいして重要な日ではない。


 バレンタインデーで、運命が変わるとドキドキしながら思っていたのは、せいぜい中学生や高校生くらいまでだ。

 いくら、告白のチャンスを与えられた日だと言われても、思いを寄せる相手も居なきゃ、寄せられる相手も居ない今は、たいした意味を持たない日だ。


 抱えた資料をドサっと机におろし、崩れるように椅子に座ると大きなため息が漏れる。別に、明日がバレンタインデーだからと、ため息が漏れる訳ではない。バレンタインデーなど、正直気にもしていないが、朝からあちらこちらで、若い女子社員達のコソコソ作戦会議が耳に入ってくる。


「疲れ様です。お先に!」

 そんな声が、頭の上をいくつも通り過ぎていき、定時をとっくに回っている事に気付く。


 顔を上げ、なんとなくオフィスを見回してみる。
 半分の社員が居なくなっていて、各島ごとに数人がまだデスクに向かっていたり、何やら打ち合わせをしている姿が目に入ってきた。

 私だって、そろそろ帰りたいが、さっき終わった企画ミーティングの資料をもう一度目を通しておきたい。

 浅島美優、仕事が面白く無我夢中で、気付けば三十三歳。
 主任を任され、部下を従えるキャリアウーマンとなっていた。別になりたくてなったわけではない。

 結婚だってしたかったし、付き合っていた人だっていた。だけど、付き合う男性達から最後に必ず言われるのは『結婚するには気が重い』そんな一言だ。付き合っていた人達は去って行き、切り替え早く、若い可愛らしい女子社員と結婚した。

 自分の何が悪かったのだろう? 
 それほど我儘を言ったつもりもないし……
 デートの金銭負担もかけたつもりは無い。
 仕事の合間を縫っては、手料理だって作った事もあるのに。
 洋服だって、一緒に歩いて恥ずかしくない物、派手でなくてセンスの良いものを……

 それなりに女としての努力だっていたし、仕事だって責任もってやって来たのに……
 男達が選ぶのは、ろくに仕事の責任も持たない、可愛い女達だ。
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