海軍提督閣下は男装令嬢にメロメロです!
嵐の前の鼻血


 仰ぎ見る空は、常と変わらぬ晴天。
 けれど俺は、頬に感じる風の変化に気づいていた。
 わずかに湿気を含み、いつもよりも重い。
「これは……相当にしけるかもしれんな。航海計画の見直しも必要か?」
 俺のつぶやきに、隣のマーリンがものすごく嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「まったくありがたくない情報ではありますが、船長の空読みの能力は百発百中を誇りますからね。航路も含め、検討する必要も出てくるでしょう。すぐに航海長に報せてきます」
 マーリンはひらりと身を翻し、操舵室にいる航海長のもとに駆けていった。
 マーリンの背中を見るともなしに眺めながら、考えを巡らせる。
 航路を変更し迂回となれば、目前に迫っていたバーミンガー王国、ルドランス王国中間海域での海上捕縛作戦をいったん見送ることになる。
 任務遂行だけを考えれば、航路を強行突破する手段もなしではない。
 けれど、乗組員の人命を預かるバーミンガー王国海軍提督として、その選択はできない。
「……陛下、任務は必ずや成し遂げます。ですのでどうか、わずかに達成時期がうしろ倒しになること、大目に見てください」
 俺は伯父にあたる老国王陛下の瞳によく似た空を仰ぎ、出航前夜の一幕に思いを馳せた――。
< 118 / 203 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop