未知の世界6
冒険

外科研修 本院


目の前にいるこの子は少ない友達の中で唯一心許せる相手。
なのに何で知らなかったのだろうか…。



医局長の娘だってこと。




お互い心許せると言いながらも、身の上話はしなかったからなのか。
お互いの身上を知らなかったからこそ言いたいことが言い合える仲だったのか。






そしてどうしたらこんなキラキラした目で私をいつも見ているのか…。





『せーんぱいっ!これ、教えてください。』





と反対側の席から突然目の前に書類を出してきた。





「ビックリした!心臓止まるかと思った!」





『えっ!?大丈夫ですか!?』





いや、本気ではなくて比喩的な表現なんだけどな。





『佐藤!大丈夫か!?診察するぞ!』






いやいやいや、あなたまで……。




「石川先生、大丈夫ですから。心臓が止まるほどビックリしたっていうことですからっ。」





『そうか、それならいいけど。』





ホントに真に受けてた!?
冗談の通じる人なんだけどな。石川先生。





「それでどれ?」





直子から受け取った書類を見る。
医事課に出す通勤関係の書類か…。これは一年に一回出してる。





『えっと、三列目の項目の書き方です。』




これは私も分からなくて、当時たけると早川先生に聞いたんだよね。
なんかそんな何年も前の話ではないのに、その頃のことが懐かしく感じる。




「ここはこうやって……と。」




手元にある付箋に書き伝えて、直子に書類を渡す。
それをじっくり読む直子。



『さすが先輩っ!ありがとうございます!』




さすがと言われることでもないけど。
こんなことでも私を褒める直子。
本当に高校時代に戻ったかのような空間。戻って嫌な記憶もあるけど、直子と過ごす時間は私の唯一の楽しかった記憶、まさに青春時代。




そんなほのぼのとした時間は束の間。
他の医師が出勤する前に、私たちはこれから別の医局に向かわなくちゃいけない。
たけるに目配せして、参考書類に筆記具、聴診器を手にして立ち上がる。





「では行ってきます。」




今いる医局の先生方に聞こえるように。すると目の前の直子が、




『先輩っ、頑張ってください!』





ありがとう直子。私よりあなたこそ頑張って、研修医。
と目で返すと、ガッツポーズで返す直子。つくづくこの楽しそうな直子が羨ましく思う。私にはないこの愛嬌。
医局長のユーモアな一面が直子の全面
に引き継がれていることがよく分かる。





さて、今日で10日目となる外科研修。
今日は幸治さんのオペに参加する。けどその前に外科でのミーティング、回診、それから機械出しのオペ看と機械の確認作業。





初めてのオペを見学した時、まずは機械出ししてるオペ看から学ばないと、自分がオペする時に困ると思い、たけると早めに外科へ行って、準備から参加する。




まだまだ足らないことばかりだけど、一度に全部は無理なのでできることから。
本当は麻酔科医の先生にも研修したいくらい。
オペ前にオペの説明を丁寧に分かりやすく優しく説明する麻酔科医の先生。
私の時もすごく優しかったことを覚えてる。
ただ、大抵が緊急で意識のない時が多くて説明してもらったのは一度か二度の話だけど。
それでも記憶にあるんだから学ぶことは、たくさんあるはず。









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