恋じゃない愛じゃない
愛らしい年下
スマホの目覚ましより先に着信音で目が覚めた。布団の中から手探りしたスマホを重い瞼を開けて、ぼんやりとした視界で液晶画面を見つめる。

そこに表示される着信相手の情報を見るが知らない番号、しかしその羅列からなんとなく見当がついた。

またか、あの人は。

ああもう、不機嫌なつぶやきは顔を埋めた枕へと消えていく。しばらくすると着信音も鳴り止んだ。

行き場のない怒りで布団を乱暴に蹴飛ばすと足をつってしまい、痛みで二度寝どころではなかったのが今朝。


レストランのキッチンはまさしく戦場。

昼の12時をまわる少し前から怒涛のごとくお客様が押し寄せ、オーダー表がデシャップの壁一面を埋め尽くし、怒号が飛び交うキッチンの中でひたすら作業する。

入ったばかりの最初の1ヶ月はモタモタしてしまい、「使えない」「鈍いんだよ」と、 たくさん怒られたし、あからさまに嫌われた。

フライドチキンのオーダーが普段の倍以上来て仕込んだ分がなくなってしまったときは顔面蒼白になった。

そのときはすぐに店長が夜からの分を仕込んで間に合わせてくれたが、わたしはこの事態を予測出来なかったからこっぴどく叱られた。

その後、自主トレの成果が出てなんとか動けるようになったが、いつも出勤する前は、ミスしませんように、と祈るような気持ちでドキドキしている。なぜなら、お客様の状態などによって毎日なにかしらアクシデントが起きるので、それに対応出来るのかどうかが不安だからだ。

それから学んだことは、お客様がたくさん来て焦るが、そこは開き直ることだ。

実際、オーダーがたくさん来ても自分の出来る仕事のスピードには限りがあるので、必要以上に慌てるとミスが生じるし、むしろ、自分が着実に仕事をこなせるスピードで一つ一つを確実にこなすべきだ。

また、いくら忙しくても目先の仕事に没頭し過ぎないこと。

フライドチキンの在庫切れはそれが出来ていなかった証拠、在庫があるうちに店長に相談するべきだった。

あとは、全体の流れをよく見て、先の展開まで予測して早めに行動すること。

「和風ハンバーグステーキ、マルゲリータ、ビーフシチュー、野菜ドリア出来上がりました。お願いします!」

「はい!」

わたしの声に男性スタッフがこちらへ急いで来る。

白いワイシャツに黒のクロスタイ、同じく黒のカマーベストと細いスラックスを見事に着こなす長身。

さらさらした色素の薄い茶っぽい髪。

幻の月のように透き通る白い肌、ぱっちりした目に長くほどよくカールした睫毛、鼻筋もスッと通って小振りな鼻に繋がっているし、唇はぽよんとグラマラスで柔らかそう。
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