不本意ですが、エリート官僚の許嫁になりました
プロローグ



戦前に建築された建屋は趣があるといえばそうだけれど、実際冬はどうしたって寒いし夏はエアコンが効きづらく暑い。耐震工事は数年前に終えたとしても、最新のオフィスビルなんかに比べたらちょっと微妙だ。

私はお隣の部署に提出する書類を両手で抱えた。アナログだ。データ保存しておけばいいのに、なぜか紙媒体でも保存したがるこの機関の感覚が入って二年経ってもわからない。

「お隣に行ってきます」

声をかけると、オフィスに居残っている何人かが返事をしてくれた。しかし、みんな忙しいので、書類を運ぶという明らかな下っ端作業を手伝ってくれる人はいない。いいんだけど。入庁三年目の下っ端だし。

ここは財務省特務局。表向きは主計局の一部署だけど、実際は別部署として機能している。オフィスも主計局のお隣。

省庁勤務なんて超エリートに聞こえるけれど、実際はただひたすらに忙しい。残業も多いし、毎日新たな仕事に追われている。ちょっとしたブラック企業だと私はひそかに思っている。
廊下に出たところで私の視界がなくなった。

「ぶあっ!」

おでこと鼻が何かにぶつかった。
痛い!そして私の手にした書類が、上から半分くらい崩れて廊下に散らばるのがわかる。

「翠(みどり)、急に出てくるな」

冷淡な声が降ってきて、ぶつかったのが人間でしかも私の大嫌いな相手だと気付く。
見上げれば、やっぱりそこには憎たらしい男の顔があった。

「豪(ごう)……」

同い年の同僚である斎賀(さいが)豪は、整った顔立ちを迷惑そうに歪めて私を見下ろしている。
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