エリート御曹司は獣でした
最初は私の治療計画に反対していたのに、急に乗り気になってくれたのは、どういうわけだろう。

大笑いしたことで、気持ちが明るく前向きになったのか、それとも特異体質を隠している同志として親近感を覚えてくれたためかもしれない。

久瀬さんとの距離が縮まった気がして嬉しくなり、「ビーフジャーキー、おひとついかがですか?」と笑顔で勧めたら、なぜか彼がスッと真顔になった。

視線は私を通り越して、後ろの壁に向けられているようだ。

「マズイ……」と呟いた彼に、味の感想かと勘違いした私は、「まだ食べていないのに?」とツッコミを入れる。


「違う、チーム会議の時間だよ!」


彼が見ていたのは、壁掛け時計だったようで、慌てて私も腕時計に視線を落とせば、十五時五分。

話し込んでいるうちにあっという間に数十分が経過して、十五時から予定の会議は、五分を過ぎてしまっていた。

今頃、部署に戻らない私たちを、上司や同僚社員が不審に思って待っていることだろう。

急いで机上のものをひとまとめにして左腕に抱えた彼は、右手で私の手を取る。


「急ぐぞ」

「は、はい!」


彼に手を引っ張られ、ドアに向けて走る。

遅刻に慌てつつも、繋がれた手が照れくさくて、私は密かに胸を高鳴らせていた。

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