恋の神様に受験合格祈願をしたら?
プロローグ 受験生に恋は禁物

【side:日向にこ】

 2月下旬。
 高校受験2日前。
 私は、どれだけ勉強してもチンプンカンプンな数学と英語を捨てた。
 苦手だけど、暗記ならまだ足掻いても成果がでる。
 そう信じて、地理と歴史と生物と物理の教科書を机の隅の重ね、暗記大作戦を開始した。
 髪は勉強の邪魔にならないようポニーテール。
 上は着古したヨレヨレのパーカーに、小学6年生のときに田舎のおばあちゃんからもらった真っ赤な袢纏。
 下は肌触り抜群のモコモコパジャマに、薄いピンクのレッグウォーマーと、厚くてあったかな靴下の重ね履き。
 受験生の大敵は風邪とインフルエンザ。
 その予防のためなら、ダサくても全然平気。
 私は家族以外には見せられない恰好のまま、ブツブツと歴史の年号を唱えつつ、冷めてしまった眠気覚まし用のカフェオレに手を伸ばした。
 そのとき、
「ニコ、兵庫のよしゑおばあちゃんからお手紙よ」
 お母さんの声がした。
 この声の遠さと響きは階下からだ。
 私は「はーいっ」と大きく返事をした。
 時計を見ると、午後4時を過ぎている。
 なんだろう?
 受験間近だから、頑張れのお手紙かな?
 おばあちゃん子の私は、開いていた歴史の教科書を伏せると、勉強そっちのけで立ちあがる。
 お父さんのお母さんであるよしゑおばあちゃんは、背中が丸まっていて、小さくて、可愛くて、絵本の読み聞かせと煮物料理がとても上手。
 私が小学4年生のときの年明けだった。
 急遽、お父さんの転勤が決定した。
 引っ越し前日まで、私の面倒を誰よりもみてくれたおばあちゃん。
 おばあちゃんとの別れのとき。
 私は鼻水と涙で顔をグチョグチョにしながら、車の窓から顔をだした。そして、おばあちゃんに必死で手を振った。
 あのときのことを、今でもハッキリ覚えている。
 だから、私はおばあちゃん子。
 おばあちゃんは、よく私宛にお手紙や荷物を送ってくれる。
 家族みんな用の荷物はもちろん、お中元やお歳暮の宛名が私になっていることもあり、お父さんやお母さんはよく苦笑している。
 借りている一軒家の急な木造階段を慌てて下りていると、お母さんが白い封筒をヒラヒラさせた。
「はいこれ」
 お母さんが封筒を差しだした。
「ありがとう」
 私はそれを、1階に到着するタイミングで奪うように受け取った。
 軽い。
 けど、封筒の底が少し膨らんでいる。
 何が入ってるんだろう。
 気になった私は、その場で封筒の口を千切るように細く破った。
 すると、お母さんが「どれどれ」と覗こうとした。
 私はお母さんに背を向けた。
 一番に封筒を覗くと、手紙と五百円玉サイズの白い巾着が入っていた。
「可愛いかも」
 封筒を傾けると、巾着が小さな鈴に透きとおる音を奏でさせながら、ちょこんと私の手の平にのった。
 よく見ると、ちりめん風の巾着には同じ色の桜っぽい刺繍がいくつか入っていた。
 口は桜色と赤の2本のヒモで複雑に結ばれている。
「なにこれ、すっごく可愛い!」
 さりげなくて可愛い小物が大好きな私のテンションが、一気にあがる。
 受験勉強で疲れ果てていた心が癒される。
 受験生という名の兵士から、ただの女の子に戻った私は、お母さんに「はいっ」と巾着を見せた。
 お母さんは巾着を見て目を丸くした。
 そして、まさかの大爆笑。
 えっ?
 何?
 何がそんなに面白いの?
 お母さんはうろたえる私を無視すると、壁に両手をあて、体を支えた。そのまま片手でお腹を押さえると、崩れるようにしゃがみ込んだ。
「お義母さんったら、もう……。そそっかしすぎる」
 何がそんなにツボなのかわかんないけど、お母さんはひとしきり笑うと、笑いすぎて出てきた涙をエプロンで拭った。
 お母さんの笑いがおさまるのを待ちながら、私は鼻に巾着を近づけた。
 匂いはしないから、匂い袋じゃない。
 じゃあ、この巾着の正体は何?
 ただの飾りかな?
 私は首を傾げた。
 ひとしきり笑ったお母さんが、疲れ果てたようにゆっくりと立ちあがった。
「それ、私も持ってたから覚えてる。恋愛のお守りよ」
 お母さんが懐かしそうに目を細めた。
「えっ?」
 私は意味が飲み込めなくて瞬きをした。
 ちょっと待って。
 なんでこの時期に恋愛のお守りなの?
「まさか」
 私は封筒から手紙を取りだすと、慌てて開いた。
 白いシンプルな縦書きの手紙に目を通す途中、とんでもない文を見つけた私は、気が抜けてしまった。
「『無事、受験に合格するよう、有名な神社で合格のお守りを貰ってきました。送ります。受験、頑張れ』だって」
「あらあらあら、やっぱり~」
 手紙を読みあげた私の肩を、お母さんが少し呆れながらも楽しそうに2回叩いた。
「近畿や中国地方では、結構有名な縁結び神社のお守りよ」
「縁結びって……」
 私は盛大な溜め息を漏らした。
「近場で一番人気のある神社に行って、巫女さんに『孫のためのお守りをください』と伝えたら、受験ではなくて恋の神頼みと勘違いされたってとこかしらね。せっかくのお守りだし、志望校との縁を願ったら? 有名な神社だから、その辺の神社の合格祈願のお守りよりも効くかもよ」
 お母さんは他人事みたいに言うと、笑いながら去っていった。
 一人残された私は、お守りを見つめた。
 大好きなおばあちゃんから貰った可愛いお守り。
 おばあちゃんが私のことを思い、祈願してくれたお守りを『いらない』なんて無視できない。
 恋愛の神様、ゴメンなさい。
 いつかは少女漫画みたいな恋をしてみたいけど、今はそれどころじゃないの。
 だから、恋愛じゃなくて、志望校との縁を願わせてください。
 縁結びの神社のお守りだもん。
 きっと叶えてくれるよね。
 神様お願いです。
 無事、志望校に受かりますように
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