氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
新婚さん

義兄弟ー天満ー

その男は身体の構成要素のほとんどが雪でできた雪男で、真名を‟氷雨(ひさめ”と言った。

刀術に秀で、その姿形は真っ青な髪と真っ青な目、真っ白な肌といった白皙の美貌の持ち主で、昔は女が絶えず青春を謳歌した――ということもあった。

だが今は――


「…様。お師匠様ったら…起きて下さいっ」


「…んんー?」


「ちょっともお…動けないから離して下さいっ」


うっすら目を開けた男――氷雨は、腕の中で顔を真っ赤にしてもがいている女の顔を見てぼんやりしながらまた目を閉じて身体に埋め込むようにしてぎゅうっと抱きしめた。


「もうちょっと…あともうちょっと…」


「もう朔兄様は起きてますよ。怒られちゃいますよ?」


「だってさあ…お前が疲れさすからじゃん。毎日俺を求めるからじゃん。体力使うっつーの…いてっ」


額をばしっと叩かれた氷雨が悲鳴を上げると、腕の力が緩んだ瞬間にがばっと起き上がった女―朧(おぼろ)は、脱ぎ散らかした浴衣で身体を隠しながら頬を膨らませた。


「逆ですよ!お師匠様が私を求めるからでしょ!」


「ええー?そうだったかあ?ったく…仕方ない、起きるか…」


ふたりは夫婦だった。

ついこの前祝言を挙げたばかりで、朧の兄の朔(さく)に仕えている氷雨は、紆余曲折の末、朔の末妹である朧を嫁に貰い、共にひとつ屋根の下で暮らしていた。


「ふわあ…」


大きな欠伸をしている氷雨をちらちら盗み見していた朧は、透き通るような真っ白な肌で一見脆弱に見えるのに、鍛えぬいた身体はどこもかしこもごつごつしていて、思わず自身の身体をあちこち鏡台の前に座って調べた。


「お師匠様の身体固いから痣になってないかな…」


「お前柔肌だもんな。でもなんていうか…柔らかくてあったかくてさあ、湯たんぽみた…いてっ」


枕を投げつけられた氷雨が満面の笑みで笑うと、惚れた弱みでそれ以上怒れなくなった朧は、にまにましてしまうのを止められなくなって両手で顔を叩いた。


――雪男に触れてしまうとすぐさま凍傷になり、凍死することもある。

そうならないのは――心と心が通じ合っているから。


「ほら、早く行きますよ!ご飯作らなきゃ!」


雪男の氷雨と鬼族と人の間に産まれた半妖の朧の新婚物語、はじまりはじまり。
< 1 / 281 >

この作品をシェア

pagetop