氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

愛しさの向こう側

朧は、日々氷雨を忘れる。

だが日々氷雨に恋をして、視界に入れてほしくて、安静にしろと何度も言われているのに寝ることを拒み、始終朔の傍に居る氷雨の視界に入る場所に座っていた。


「あの…めっちゃ見られてるんですけど」


「見てるな。で、お前はあんなに献身的な朧を放置するのか?」


「いやまあ…やりにくいんだよなー。直接ぐいぐい来られるんじゃなくてこう…遠目に見られてる感じがなんか…こう…」


「ちなみに俺は朧に質問攻めされてるぞ。趣味は何なのか、どんな女が好みなのか、好いた女は居るのか、とか」


氷雨は畳の上に散らばった大量の文を朔と選別しつつ、目をちらりと上げて朧を見た。

それにすぐ気付いた朧がもじもじすると――気恥ずかしさに襲われた氷雨は、また文に目を落としてぼそり。


「俺の嫁さんなはずなのになー。あんなきらきらした目で見られると正直…めっちゃ恥ずかしいんだけど」


「ちなみに好いた女は居ると言っておいたから後は自分でどうにかしろ」


「鬼畜!混ぜ返すようなこと言うなよな」


朔たちが滞在している間は天満が食事の用意をしてくれる。

朔が台所にいる天満を手伝うため席を外すと、朧が膝をつきながらにじり寄って来た。


「おう、顔色良いな。だけど油断するとまた熱が出るから大人しくしとけよー」


はい、と小さな声で囁いた朧はその後何も言わず傍に座っているだけだったが――食い入るように見られていた。


「なんか訊きたいことでもあるのか?」


「え?いえ、別に…」


「そんなに見られると俺に穴が空くんだけど」


にやっと笑うと恥ずかしくなった朧は袖で顔を隠し、氷雨は晴明から届いた文を手にして流麗すぎる字を追い、書かれてある内容に笑みが零れた。


『朧の体調が回復しているのは日々そなたに恋をしているからでは』


その笑みにまた朧が氷雨に見惚れ、また穴が空くほど見つめられて笑みはさらに濃くなった。
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