青いチェリーは熟れることを知らない①

チェリーの見る夢

今年の冬も盛りを過ぎたころ、ここ大東京中心の一角で運良く大企業に就職することが出来た契約社員の若葉ちえり二十九歳がいる。
 入社して一ヶ月。早くもひとつの山場を迎え、彼女は実家のペットのタマに泣きつきたい衝動に駆られている。

 コピー機の操作も慣れていない彼女は両面印刷にすべきところを片面刷りにしてしまったため、大幅な時間のロスと紙の無駄使いをしてしまった。

「……これじゃあ私の人生みたい……」

 ――思えばなにをやっても中途半端。

 学生時代、人気のあったテレビアニメに憧れて整備士を目指したけれど。
 現実を目の当たりにして力の無さ、女性に不向きな仕事だとわかってあっさり挫折。

 呆気なく路線変更を決めたものの、これといった能力のない彼女は闇雲に社員を目指してバイトを始める。しかしくだらない人間関係、おまけに上がらない給料に職場を転々とする始末。

(親にはホント迷惑かけちゃったな……)

 専門学校の学費だけでも自分が一年分働いた以上のお金がかかってるはず。

 夫婦水入らずで旅行に行くお金をポーンと出してあげられるくらい稼ぎたい。
(まぁ……私が玉の輿? っていうのも手っ取り速いかもしれないけどねー……)

 なんて楽な考えが頭をよぎる。

『でも玉の輿ってさ、ある程度容姿も良くて家柄も良くて……さらには若くないと乗れないのわかってる?』

 ここは田舎町の一角にある夜のファミリーレストラン。
 窓の外は今日も銀世界。
 信号待ちの恋人たちは互いに寄り添い、寒さと気恥ずかしさの狭間で頬を赤くしている。そんな初々しい時期が自分にあったかどうかも定かではない私にきつい一言をお見舞いしてくれたのは小学校から親友の真琴だった。

『んー……見た目は化粧でなんとでもなるくない? 家柄だって黙ってればわかんないって! 結婚したあとに一般家庭でしたーってバラしちゃえばいいんだし! 』

 そうストローを口に加えながら器用に話す私に真琴は大笑い。

『ってかさ! まずこっから抜け出さないと玉の輿にも乗れないって!!』

 そう。私たちは地方なまりの強い東北の田舎に住んでいる。
 かろうじて標準語をしゃべれるのも心と頭と口を強く意識しているからなのだ。

『はー……学生時代は良かったなぁ……与えられた教科書に目とおして、テストで赤点とっても追試とかあるし……』

 少なからずバイトで責任感というものを培っていた私にも仕事が簡単ではないことくらいわかる。それらが面倒だからと学生が羨ましいというのは虫が良すぎるのかもしれない。

『ちえりは嫌がるけどさ、玉の輿にさえこだわらなければ実家から通ってお金貯める手段なんていっぱいあんじゃない?』

 真琴は目の前に山になった手羽先の一つを摘まむと、舌鼓をうちながらおいしそうに頬張った。

『……もう恋愛してる時間もないしさ、仕事と結婚両方出来ないかなぁと実は思ってて……へへっ』

 いいなと思って付き合ってみた男は人並みにいるはずだけど、中身のない私は自然消滅もしくはあっさり振られて終わる。だけど都会の男はもっと魅力的でキラキラしてて私を夢中にさせてくれるに違いない! という幻想を抱いているちえり。

『どっかに転がってないかなぁいい男……』

『あっは! 芋んねんだがら(芋じゃないんだから)!!』

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