青いチェリーは熟れることを知らない①

思い出の中の瑞貴とチェリー

 急いでチェックアウトするも、ちえりは大きめのバッグを預ける場所を駅以外知らない。
 会社近くにホテルを予約することができたのは良かったが、こうなってしまうと幸か不幸か微妙なところだった。

「ええいっ! どういう話かもわかんないし! このまま行っちゃえ!!」

 下ろしたてのパンプスをパカパカ言わせながら走り出すと、あっという間に聳え立つ摩天楼が姿を現した。

「おおおおい! チェリィイイ!!」

「瑞貴センッパイッッ!!」

(はぁっ! かっこいい!! 朝日の下であの顔を拝めるなんて何年ぶりだべっっ!)

 ちえりの幸福度はその伸びた鼻の下を見れば一目瞭然だった。

「なんて顔してんだ!? とりあえずっ! 聞いて喜べ!!」

「え!? あっ! やだ……っ! 私の顔ってば……!!」

 つい利き手で頬を抑えようとしたちえりだが、無駄に重いバッグが手首に集中し悲鳴を上げる。

「ぎゃっ!! 痛たたっ……」

「バッグ持ってきたのか!? しょうがない奴だな~! 時間ないから歩きながら話すぜ!!」

 片手でひょいとバッグを取り上げた瑞貴が笑いながら"うわっ重っ!! 漫画でも入れてきたんじゃないだろうな!?" と楽しそうに笑った。

(あ……この場面どこかで……)

 太陽を背にしてキラキラと笑う瑞貴が以前同じようなことを言っていた気がする。

 ――前方を歩く見慣れた少女を見つけたとたん、あどけない少年は嬉しそうに目元を緩めながら自転車をこぐ足を急かした。

"追いついたっ!!"

 ちえりの手元から懐かしい黒光りした鞄を取り上げる瑞貴。

"……っ! え……?"

 急に軽くなったちえりの左手。
 鞄を奪ったであろう人物の人影を追って視線を流すと、そこには額に汗を光らせながら自転車をゆっくり漕ぎ、並走する親友の兄の姿があった。

"うわっ重っ!! 漫画でも入れてんじゃねぇべね!? さっさと帰るぞ!"

"……っそ、そんなわけないじゃんっっ!"

 と、唇を尖らせながらも頬を赤らめて。視線と心を奪った瑞貴を夢中で追いかけた――。


 ちえりが経験したどんな両想いよりも幸せな片想いだった。

「これから会うのは一応専務だからなっ! 学校の用務員さんに見えても口走るなよ?」

「…………」

(あぁ……この笑顔ほんと変わってない。やっぱり好きだな……)

「……ん? チェリー聞いてるか?
専務が朝礼始まる前に顔合わせしたいってさ。まずは契約社員としてだけど、今日から働かせてくれるっていうから頑張ろうな!」

「え……え……っ!?」

 輝く思い出に酔狂していたちえりは何かとんでもないことを聞き逃した気がして我に返る。

「だーかーらー! お前も今日からここの人間なの!」

「……本当? 本当にっっ!?
ありがとう~!!! 瑞貴センパイィイイイッ!!」

「チェリーと一緒に働けるなんて楽しみだな! よろしくな! 後輩!!」

「はいっ! よろしくお願いします! センパイッッ!!!」

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