「あ、及川さん!」

定時きっかりに仕事を終えて、やや慌て気味にフロアを出た私を、背後から平野主任の声が呼び止めた。

なんだよ急いでるのに!

心の中で舌打ちしながら振り向けば、ほどよく日焼けした整った顔に、やたら爽やかな笑みを浮かべている男の姿が目の前にあった。

今年で三十路だと騒いでいた彼は、外見だけならなかなかの好青年だ。

ただ、肝心の中身が非常によろしくない。

「なんですかー?」

このあと予定があって急いでいる私は、笑顔を作りつつも少々乱暴な返事を返した。

「いや、一緒に飯でもどうかと」

「すいません、今日は約束があるんです」

「あ、待ってよ」

被せ気味に即答して歩き出そうとする私に、彼は尚も絡んでくる。

「じゃあ、いつなら空いてるの?」

そこそこハンサムなこの上司は、大変な女好きで有名なのだ。

やたら手が早いとか、三股四股とか、彼に遊ばれて泣いた女性社員が沢山いるとか、チャラい噂が絶えない。

あくまで噂だけれど、火のないところに煙は立たない。

そんな彼の矛先が、最近どうやら私に向いているらしいのだ。

全くもって迷惑な話だ。