狼を甘くするためのレシピ〜*
4.煮ても焼いても食えない男
「ありがとうございました」
 ゆっくりと、お客様に失礼のないよう充分なだけ時間をとって頭を下げた。

 それから顔をあげると、取引先の客はにっこりと目を細める。

「では。今度、ディナーでもいかがですか? なんて誘ったら失礼かな」

 言い終えた彼の口元に浮かぶのは、自信。

 自己評価高めかもしれないが、そうなるのも仕方ないかもしれない。

 イケメンと言えなくもない風貌であるし、ホテル王と言われる父を持つ彼は御曹司だ。

 歳は三十代の後半。
 穏やかそうな笑みを浮かべてはいるが、瞳の奥は冷たく光っている。

 ――冷血な俺様キャラね。
 そう思いながら、椿月子は目を細めてフッと微笑んだ。

「実は私、やきもちやきの恋人がいるんです。すみません」

 想像できない答えだったのか。
 一瞬固まった客は、間をおいてハハッと乾いた声で笑う。

「そうですか。では、出来上がりを楽しみにしています」

「ご足労いただいて、ありがとうございました」

 車に乗り込む客の背中に向かって、嘘ですよーと心で呟いてみる。
< 175 / 277 >

この作品をシェア

pagetop