偶然でも運命でもない
10.繰り返す日々の合間に
「で、結局、例の人には会えたわけ?」
昼休み。
窓枠に座って、弁当を広げながら海都が訊いてくる。
「例の人?」
「あのシュシュの落とし主。」
「ああ、響子さん。会えたよ。」
「えっ!?既に名前で呼ぶ関係?早くね?」
「あれから、なんか平日は毎日のように会うんだよ。」
「え、マジか。」
海都は急に小声になって、踏み台にしていた椅子に座り直した。
そのまま、にゅっと顔を近づけてくる。
「で、どこまでヤったの?」
「どこまでって……お前さぁ。」
「いいじゃん、どこまでだよ?おっぱいは?大きかった?」
大河はその顔を押し返しながら、呆れた声をだす。
「まだ、連絡先も交換してねえよ。」
「はぁーーー!?」
「叫ぶな。」
「だって。」
海都を無視して、弁当を広げる。
叔母さんの作る弁当は簡素だ。
ふりかけのご飯、たっぷりの蒸し野菜、肉のおかず。
今日は唐揚げ……昨日の夕飯の残り物。
それでも、毎日持たせてくれるのを有り難いと思う。
いただきます、と、大河が手を合わせると、海都も手を合わせた。
「で、どんな人なの、その人。」
「響子さん、な。っていうか、質問の順番おかしいだろ?」
「だって、大河、毎日会ってるとか言うから。」
「帰りの駅で遭遇するんだよ。」
「待ち伏せ?」
「待ち伏せも、待ち合わせもしてない。」
「で?」
「駅で会って“おつかれさま”って。路線一緒だから途中まで一緒に電車にのる。」
「うん。」
「それだけ。」
「え?」
「それだけ。」
「マ?」
「昨日は本屋に寄った。駅ナカの。」
「それだけ?」
「それだけ。」
「マ?」
「しつこいよ?」
弁当から顔を上げようともしない大河のウンザリした口調に、海都は笑って、弁当を掻き込む。
大河は箸を置いて、窓の外を眺めた。
数人の教師が校庭に出て何やら集まって話しているのが見える。
「……俺さ、大人って、もっと大人だと思ってたんだけど。」
「うん。」
「響子さんは、なんか自由な感じがする。」
「子供っぽい?」
「子供っぽくはないかな。」
「いくつなの?」
「多分、30くらい。」
「お、思ったよりも歳上。」
「お姉さんいくつだっけ?」
「26。」
「30代の女性って、想像出来る?」
「ピンと来ねえ。」
「響子さんと話しててもピンと来ない。」
「何を話すの?」
「ラーメン屋のTシャツは何故黒いのか?とか。」
「ピンと来ねえ。」
「漫画は雑誌派だとか。」
「お、何読むの?」
「主に少年誌。週刊の。」
「ピンと来ねぇー!」
「だろ?」
響子さんは、話題が多い。なんでもないような話ばかりなのだが、それをとても楽しそうに言葉にする。
でも、それは、思い描いていた大人の女性の会話とは掛け離れていて、彼女の実態は掴めないままだった。
「でも、可愛いんだろ?」
「歳の割に。」
「花柄のシュシュ付けちゃうタイプ。」
「普段は結んでない。」
「そうなの?」
「食事と仕事用だって。」
「へぇ。……あ、前に聞いたことあるんだけど。」
海都は口の端だけでニヤリと笑う。
その笑みは嫌な予感しかしない。
「何?」
「シュシュの趣味は下着の趣味だって。」
「は?」
「だから、黒いレースのシュシュは黒いレースのショーツ、ピンクのサテンはピンクのすべすべしたショーツ。あの人のシュシュは……」
紺地にピンクの大きな花柄。指先の滑るような光沢のある生地。
「おい、やめろよ!」
「……想像した?」
「……しちゃっただろ。」
「大河、顔、赤い。」
「誰のせいだよ。」
「ダイタイ、オレ、ワルイ。」
「なんでカタコトなんだよ。」
「ゴメン、チョウシ、ノッタ。」
両手を合わせて頭を下げる海都の後頭部を掴む。
海都は笑いながら「ごめんて。」と、もう一度呟いた。
「しょーがねぇな。」
海都を解放すると、大河は笑いながら残りの弁当を片付ける。
その話の真偽を確かめる日は、いつか来るのだろうかと、響子さんのことを思う。
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