偶然でも運命でもない
5.交差する点
改札を抜けたところで、後ろから肩を掴まれた。
振り返ると、見知らぬ男性がこちらを見下ろして立っていた。
男の子と呼ぶには大きくて、男の人と呼ぶには若すぎる。
紺色のブレザー、グレーのスラックス、黒いローファー。
会社の近くにある高校の制服を着たその人は、少し走ったのだろうか?肩で軽く息をしていて、頰が少し赤い。
響子よりは背は高いが、目立って大きいわけではなさそうだ。
思春期特有のニキビなどはなく肌は滑らかで、日焼けの残る肌に軽く整えられた眉は爽やかという言葉がよく似合う。
クラスで、5番目くらいにモテるタイプ。
少なくとも。響子にはこんなに若い知り合いはいない。
親戚にも、記憶にある中に高校生の男の子なんていなかった。
黙って見上げると、彼は何か慌てた様子で「あの、」と口を開いた。
「あの、これ。先週、電車の中で落としたのを見て。追いかけようと思ったんですけど、間に合わなくて。」
そう言って、鞄を開けると中のポケットから、シュシュを取り出す。
紺地にピンクの花柄。
それは確かに、先週、響子が失くしたものだ。
「ありがとう。」
両手でそれを受け取って響子は微笑んだ。
彼は軽く会釈して「それじゃ」と、改札に向かう。
「待って。」
その後ろ姿に呼びかけると、ゆっくりと振り返って不安そうな顔をした。
「ねえ、キミ、時間ある?」
「え?」
「お腹すいてない? 私はすいてるんだけど。よかったらご馳走するよ。これ、拾ってくれたお礼。」
シュシュを掲げて笑うと、彼は戸惑った顔をして、それから少し口元を緩める。
「俺、お礼していただくほど、たいしたことはしてないですよ。」
「いいの、私がしたいの。キミに時間があれば。」
「じゃあ、少しだけ。……あんまり遅くなると家族が心配するので。」
「そうか。高校生だもんね。」
高校生か。
特に仲良くなるつもりはないけど、せっかく届けてくれたのだ、お礼くらいはしても良いだろう。
なんとなく、誰かと話がしたかったところだ。予想外の相手だが、ちょうどいいと思った。
ちょうど良かった。高校生とか、接点がなさすぎてなんだか面白そうだし。

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