偶然でも運命でもない
6.年下の男の子
彼は、松本大河と名乗った。
18歳。高校3年生で、大学受験だが進学にあまり興味がなく、受かっても受からなくても地元に帰って早く仕事がしたいのだという。
大河の着ている制服は、県内でもトップクラスの進学校の筈だった。
秀才の考えることはわからない。
そう思って、響子はそれについて考えるのはやめた。
テーブルにトレイを置くと向かい合って座る。
「大河くん、本当にそれで足りるの?遠慮してない?」
彼のトレイには小さなハンバーガーひとつとセットのポテトとコーラが並んでいた。
高校生男子のエネルギーでは、とても足りるとは思えない。
それとも響子の知らない間に、高校生男子というのは小食になったりしているのだろうか。
「大丈夫です。帰ったら夕飯あるだろうし。」
「そうか。一人暮らしじゃなければ、それもそうよね。」
「いただきます。」
そう言って手を合わせて、ハンバーガーの包み紙を開ける大河を、可愛いなと思う。
響子はさっき受け取ったシュシュで髪を纏めると、自分のトレイからハンバーガーを取り上げ、包み紙を開けた。
もっしゃもっしゃと無言で齧り付きながら、失敗したな……と、胸の中で呟く。
何よりも両手が開かないし、口元も汚れる。
相手が高校生とはいえ、初対面の男性とする食事としては大失敗だ。しかし、これは大河のリクエストでもあった。
ここで良い?と、カジュアルなイタリアンの店を指差した響子に、彼は首を振って、この店を示した。
包み紙で口元を隠すようにして、無言でハンバーガーを食べる響子のことを、大河はポテトを口に運びながらぼんやりと見ている。
トレイの上のハンバーガーは既に包み紙だけになり、小さく畳まれていた。
「あの、」
「何?」
「鈴木さんは、お仕事は何されてるんですか?」
お見合いかよ。と、内心で突っ込むが、彼はきっと沈黙に耐えられなかっただけで、それが聞きたい訳ではないだろう。
「オーエル。営業サポートで、内勤の仕事。」
「ナイキン?」
「外回りしないってこと。」
響子は口元を紙で拭くと、顔を上げて大河を見た。
「まず。ひとつ。先に言っておきたいんだけど。」
「はい。」
「私のことは苗字じゃなくて名前で呼んで。響子って。」
「ええっと…響子さん。で、いいですか?」
大河は戸惑いながら、小さな声で「響子さん」と繰り返す。
「もう一つ。私に敬語は使わなくていい。」
「えっ。でも……」
「でも?」
「響子さん、歳上ですし。あの……」
「大河くん。もしかして、キミは友達にも敬語を使うタイプなの?」
「……いえ。」
「じゃあ、タメ口で良いでしょ。」
「えっと、ちょっと理解出来ないんですけど。」
「だから。先生でも先輩でも上司でもない関係って、ただの友達みたいなもんでしょ。」
「えぇ……」
そうか。普通の高校生は、一回りも歳の離れた人と知り合いになる機会なんて殆どないのか。
「世の中ね、いろんな関係があるの。歳の離れた友人がいても、おかしくないでしょ。」
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