私たちの六年目
「秀哉、いい加減にして!」


私は、私の腕を掴む秀哉の手を自ら離した。


「婚約者がすぐそばにいるのに、バカなことを言わないで!」


私の言葉に、ハッと目が覚めたような顔をする秀哉。


「あんなに好きだった梨華と結婚出来るんだよ。

冗談でもそんなこと言うもんじゃないわよ。

大体、私に対しても失礼だよ。

そんな気なんか、さらさらないくせに!」


秀哉はなんだか呆然としていて、自分の置かれている状況がよくわかっていない様子だ。


「と、とにかく。

今夜はゆっくり休んだ方がいいよ。

じゃ、じゃあね……」


様子がおかしい秀哉を置いて行くのは忍びなかったけど。


このままここで秀哉と話しているわけにもいかなくて、私は自分の席へと戻った。


もちろん、梨華の目を避けて……。


それ以降、秀哉達のテーブルを見る勇気はもうなかった。


だから私は、その後の秀哉の行動が一切わからない。


ちゃんと席に戻ったのか、いつ帰ったのかさえも。


しばらくして、私達の席にデザートが運ばれて来たけど。


ずっと心臓がドキドキして止まってくれそうになかった。


強く掴まれた腕。


私を見つめる瞳。


『俺と、行く……?』


心ここにあらずだったけど、秀哉は確かにそう言った。


もう会わないと心に固く決めたはずなのに。


私の心はまだ、秀哉で完全に支配されていた。
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