魔法が解けた、その後も
1.彼を追いかけて

 いつからだったのだろう。特にこれといった大きなきっかけは、なかったように思う。
 恋とは落ちるもの、よくそう耳にするけど、そんな衝撃的な出来事、終(つい)ぞ私には起こったことがないからだ。

 本当にいつの間にか、息をするような自然さで一人の男の子を好きになっていた。
 性格が良いから? 顔が良いから? 頭が良いから? バスケ部の副キャプテンなんていうかっこいい男子の代表みたいなポジションにいるから? どれもそうっぽいけど、どれも何か違う。

 中学三年生の初め、私の気持ちは晴れた空に浮かぶ雲のように、風に流されるまま心を揺蕩(たゆた)い、ちょっとしたことで現れたり消えたりする、甘酸っぱいと呼ぶほどでもないまだまだ未熟なモノだった。

 休み時間のトイレ、昼休み、放課後、女の子たちのお喋りで溢れる場所に行けば、誰かの口から一度は「かっこいいよね」と囁かれる、我が校きってのイケメン、藤倉羽宗(ふじくらうそう)。誰それが告白したという噂はしょっちゅう聞くけど、不思議と、彼女がいるという噂を聞いたことはなかった。

 二年生のときに同じクラスだった私は、別となってしまった三年生になっても、廊下ですれ違えば挨拶をすることもあるし、本当にときどきだけど、ラインのやり取りだってする。でもその程度。離れることはあっても、決して縮まることのない距離。けどこのときはそれを、もどかしい、とまだ感じてはいなかった。
 ただ、心の奥で燻る名前も分からない何か。それは確かに他の異性に感じるものとは僅かだけれども異なっていて。一種の憧れに近いものだったのかもしれないけど、私は芽生えかけたその感情が、時と共に少しずつ、だけど確実に、大きくなっていくのを感じていた。

 噂の絶えない藤倉君の情報は、いつだってどこからか耳に入る。三年生の夏、そろそろ受験勉強に本腰を入れなければならない時期に差し掛かる頃、それは私の元にも届いた。

 ――藤倉羽宗は、西紅(せいこう)を受験するらしい。

 それを聞いたときの私は、自分でも驚くほどショックを受けた。
 県立西紅高等学校。偏差値は六十台後半、誰もが知っている、県内屈指の進学校だ。そして勿論、そのときの私の成績では、到底入れるような高校ではなかった。
 私といえば、一学年二百人、その中で、頑張っても精々五十位。対して藤倉君は、常に二十位以内には入っていると聞いた。そんな彼だって、西紅といえば少し背伸びをした受験だ。

 ただ私の中で、彼との学力の差を痛切に感じ、そして彼と離れることに予想以上の寂しさを感じたその心に、もしかしたら同じ時を過ごす中で、憧れ以外の名前を付けられる日がやってくるのではないか、そう思ったのは確かだった。

 高校が別になれば益々疎遠になっていく、それは火を見るより明らかだった。そして私は、このままいけば、いずれは消えていってしまうであろうその感情を、堪らなく切なく感じたのだ。

 今振り返れば、このときはもう、既に恋だったのかもしれない。
< 1 / 77 >

この作品をシェア

pagetop