未来はきっと、私次第で

 暫く二人して睨み合っていると、武本先生が大きく息を吐き「少し落ち着こう」と場を制した。沼田はそれに一睨みすると、そっぽを向いて腕を組み、どかりと椅子に座りこんだ。

「月島さんは美濃部さんと仲が良いのかな?」
「よく犬の散歩で朝会います。話すようになったのはつい最近ですけど、謹慎になった次の日から、美濃部さんは毎日欠かさず走ってます」
「そうか」

 何か思うところがあるのか、武本先生は組んだ手の甲に頭を乗せて考えるように俯いてしまった。

「今更お前はどうしたいんだ」

 こちらに目をくれようともせず、沼田は吐き捨てるように言い放つ。

「美濃部さんは出席日数が既に足りていませんよね? なので、私から先生たちにお願いがあります」
「お願い?」 
「はい。疑わしきは罰せず、なのに十分な証拠を揃えず美濃部さんを犯人と決め付けた学校側に問題があると思ってます。そして、それを目撃しながら黙っていた私にも勿論問題があります。だから……馬鹿な私が次年度、A組に進級することができたら、美濃部さんを二年生にしてください」
「はっ、何だその交換条件は。筋がさっぱり通ってない! そもそも日数が足りてないのに進級なんてできるわけないだろう!」
「鞠はやってない! やってないのに決めつけて、彼女の未来を理不尽に奪った学校の責任は重いと思いませんか? 先生、鞠は必ずA組に進級します。進級試験、同じように受けさせてあげてください。
 必ずお約束します。私は先生方が望むような有名大学を第一志望とし、残りの二年間、死に物狂いで勉強することを。全国模試の成績だって、満足する結果を残せるよう努力します。学校の評判を上げることに尽力します。だから、だからどうか、鞠を、美濃部さんを進級させてあげてください!」

 マスコミに訴えて騒ぎを起こす、これも考えたけど、なるべく卑怯な手は使いたくなかった。騒ぎが起これば、また鞠の名が不名誉な形で晒されることになる。それよりも学校の評判が少しでも上がれば、冤罪により不登校になっていた生徒が進級するなんて、取るに足らない些末な出来事になりはしないだろうか? これが無い知恵絞って私が考えた打開策。

 是の答えが聞けるまで、顔を上げるつもりはなかった。九十度に折り曲げた体、目をつぶってじっと待つ。

「顔を上げなさい」

 答えない。上げない。言質を取るまでは。
 ややあって、ため息が聞こえてきた。

「二人では決められない。学年主任の先生、校長先生や副校長先生にも聞いてもらわないとならない」

 あともう一声欲しい。

「月島さんの言うことは分かった。当時の状況と、もう一度美濃部さんから話を聞いて、彼女の意志が尊重されるよう今度は必ず取り計らう」
「進級させてもらえますか?」
「そうなるよう善処する。担任として彼女を信じてあげられなかった責任は果たしたいと思ってる」

 顔を上げた。

「ふん」

 沼田は納得していないのか、不機嫌を隠そうともせず席を立った。これ以上はここで話しても先には進まないだろう。後は武本先生の言葉を信じるしかない。

「必要ならば、私も呼んでください。何度だって同じ話をします」

 ――根気よく努力せよ、さらば叶う。

 普段占いはそんなに信じる方ではないけれども、これは意外とどんなことにも通ずる真理なのかもしれないと思ったから。

「うん。話してくれてありがとう」

 武本先生は、そこで漸く頬を緩めてくれた。
 鞠を信じきれなかったことに、先生ももしかしたら何かしこりのようなものを抱えていたのかもしれない。

「何をやってる」

 扉を開けた沼田が、外に向かって語気を荒げた。
 驚いて振り返れば、そこには藤倉君が立っていて。

「ど、どうしたの?」

 声をかけたけど、彼は武本先生を強い瞳で見つめていた。

「先生、俺からもお願いします」
「盗み聞きとは趣味が良いな」

 だけど先生は笑って、任せろ、最後に頼もしい言葉を残し進路指導室を後にした。

 気付けば、ブラインドから差し込む光は、もう既にオレンジ色へと変化していた。

「いつから聞いてたの?」
「ほぼ最初から、な?」
「え?」

 聞こえてきた予想外の声に目を向ければ、扉の陰から姿を現したのは、影森先生。

「先生に、美麗が何か変なこと訊きに来たって聞いて。それと沼田と何故か武本先生に連れられて進路指導室に入っていったって言うから、居ても立ってもいられなくなってさ。こっそりとこんな真似してごめん」
「う、ううん」
「途中何度も突撃しそうになる藤倉を抑えるの大変だったよ。月島さん、随分と威勢が良かったね」

 いたずらっぽく笑う先生を見て途端に恥ずかしくなった。沼田にあんたとか言っちゃったし、勢いって怖い。

「いつの間に美濃部さんと仲良くなってたの? もしかしてあの河川敷?」
「え?」

 一瞬見られていたのかとも思ったけれども、そういえば藤倉君はあの河川敷を通るバスに乗って学校に通っているんだった。それならば、朝練のある日に美濃部さんを見かけていてもおかしくない。

「うん。仲良くなったのは最近。ずっと思ってた。あんなに凛として綺麗に走る人が喫煙なんて本当にするのかって。それで思い切って話してみたんだ。そしたら本当に優しくて純粋な人だった。絶対にやってないって確信した」
「ということは、本当は現場を目撃してないのかな?」

 先生の鋭い突っ込みに、思わずたじろいでしまう。戻る前の私はそう思っていた、そこを基準に話してしまったから、あんなに勢い込んで啖呵を切ったのに、何だかはったりをかましたみたいになってしまった。

「ええと、あのぉ……」

 しどろもどろになっていると、別に言いたくなければ良いけどねって流してくれたけど……先生も人が悪い。それなら突っ込まないでほしかったと、つい恨みがましい視線を送ってしまった私は間違っていないはずだ。
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