おじさんは予防線にはなりません
慌てて鼻を啜り、笑って誤魔化す。

「そうだな」

眼鏡の下で、眩しそうに目が細められた。



タクシーで家まで、池松さんは送ってくれた。

「近いうちに連絡するから」

「はい、よろしくお願いします」

再就職先は、池松さんに紹介してもらうことにした。
私は――池松さんを待つと決めたから。

「羽坂」

ちょいちょいと池松さんが手招きする。
顔を寄せると、……ちゅっと一瞬だけ、唇が触れた。

「おやすみ」

「……おやすみな、さい」

ぼーっとタクシーを見送る。
見えなくなってようやく我に返った。

……池松さんが、キス、してくれた。

奥さんの代わりでないその口付けは酷く甘くて。
きっとこれから、明るい未来が待っていると私に確信させた。
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