一度も狭いと感じた事のないシングルベッドの上で、がっちり腕に囲われた寝苦しさで目が覚めた。

「おはよ、亜沙子」

 優しく微笑んでこめかみに口付けるのは、昨日出来たばかりの彼氏。見事な朝チュンだ。

 ……この状況だけ見れば、な。
 ふっざけんなよ! 
 あちこち軋んでるっつーの。
久しぶりに使用したソコなんてじんわり違和感あるからな。えぇ、えぇ。なかなかご立派なモノをお持ちですもんね!

 ついでに、そんな柔柔と胸と尻揉み始められたら疼き出してるわっ。

「おはよぅんっ」

 文句の一つでも言わずに居られないと思っていたら、思考を読んだように唇を塞いできた。

「ちょっ、タンマ。あっち片付けないと」

 リビングは飲み散らかしたままだ。日本酒と一緒になめろうは食べきったので、生ものは残っていないはずだ。惨事にはならないだろうが、夏場なだけにそれ以外の物も冷蔵庫に入れないとまずい。

「適当に片すから寝てていいよ」

 まだ動けないでしょ? と、ゴキゲンに頭を撫でている。どんなに手付きが優しかろうと、その顔は極悪人にしか見えない。

「お皿洗ったら、亜沙子も洗うから待ってな」

不穏な台詞は聞かなかった事にして、せめてもの抵抗に洗い物は任せた。
動けなくもないが動きたくないのは確かで、汗以外の水分も混じったベタつきも洗い流したい。しかしながら、いかんせん身体が重たくて億劫だ。
目を閉じて体力の回復を図った。

 悪態を吐きつつも、長いものには巻かれる主義です。
 お皿の次に綺麗にしてもらったハズが、そのまま風呂場で一回戦交えて洗い直され、朝から何やってんだと自責の念にかられている次第でございます。

 いや、もう開き直ろ! 私の彼氏、男前で優しくてエロくて良好物件だわ!
 上半身裸で七分丈のスエット履いて醸すあの色気。結構なもんでしょ。

 キッチンでお茶を飲むところを視姦していると、おいでと表情を和らげて手を広げた。
 なんじゃこの激甘仕様。
 砂糖に群がる蟻の気分で素肌に擦り寄ると、くすぐったいと髪を梳くように掻き分けられる。

「また疲れさせちゃった?」
「いい。今日はこのままダラダラして明日に備える」
「月曜の事なんて考えるなよ」
「考えるでしょ。社会人なんだから」

 ちっと舌打ちしたが、ダラダラするのは賛成だとリビングに戻りソファに腰掛け膝に乗せられた。

「明日行きたくないなー。絶対課長に弄られる」

 存分に揶揄われてくれた方が安心出来ると訳の分からない事を言い出した。自分をネタにされて彼女が揶揄われるのが有難いとは理解に苦しむ。

「俺もあのおばさんにあれこれ聞かれそう」
「ウチの課長よりタチ悪そうだったよね」

 そっちこそ思う存分弄られるがいいわ。
 ケラケラ笑うと、笑うなと鼻を摘まれる。

「役所でどんなお仕事してるの?」
「市民課。戸籍関係の届け出全般、えっと、婚姻離婚届けや住民票とかって言ったら分かる?」

 市民にとって一番身近でお世話になる窓口ではなかろうか。実際、私も転入届を出した時に色々お世話になった。

「凄く親切に教えて貰ったんだよね。丁度車の買い替えも同じ時期だったから印鑑登録証明も一緒に受付てくれたり、免許証の住所変更に一番近くの警察署の場所まで地図書いてくれたりして。助かっちゃった」
「ふーん。その担当者覚えてる?」
「物腰柔らかなお兄さんだったってぐらいにしか」
「普通そこまでしない。書類に不備がないかチェックして受理しておしまい」
「そうなの? まぁ、そうじゃないと終わらないか」

 窓口は何ヵ所もあるが、番号札発券機で整理券を受け取ってからの待ち時間は長かったように記憶している。
 耳の遠いご老人や言葉の拙い外国人相手に四苦八苦の説明をしている職員を眺めて、大変だなぁと漠然と思っていた。
 そっか、あの大変なお仕事をしているのか。
 抱きかかえられたまま両肩に手を置いて、お疲れ様ですとふざけて揉んでみる。

「新しい住所の番地が曖昧だったり、印鑑証明なのにしっかり印影捺せない小柄な女性が来ると本当世話が焼ける」

 ん? 誰しも引越し先の住所や郵便番号なんて簡単に覚えられないでしょ。
 かく言う私も似たような経験をした覚えがある。

「引越したばかりだと何かと入用だから、ついでに住民票要るでしょって言ったら、免許証で各種変更いけるよねって頓珍漢な事言ったりさ。その免許証の住所変更はどうするつもりだって話」

 も、もしかして。

「それって、……嘘でしょ」

 ――次の人呼んだら、ドストライクのゆるふわのボブが可愛い子でさ。書類見て、名前から順に生年月日も確認したんだけど忘れてた。その後の住所見て吹き飛んじゃったからね。自分と同じマンションで部屋番号まで知れちゃって。あ、言っとくけど守秘義務はあるし、そうでなくても一切悪用は考えないから。こっちもその辺りはプロだからね。でもさ、マンションで見かけるチャンスはあるかもって期待はするでしょ。覚えていてくれたら声かけてくれるかもしれないって。下心アリアリで話してるうちに、抜けてるとこ多くて心配になっちゃってさぁ。

「あれこれ世話せずには居られなかった」
「信じらんない」
「あれから数年か。チラっと姿を見かけた事は数回あったけどドラマじゃあるまいし何も起こらなかった」
「そんなの当たり前じゃん」
「5分だけいつもより早く出た朝、ゴミ置き場で会えた」

 ほんの気まぐれだったが、早起きは三文以上の得があったと証明されたと朗らかに力説している。

「駐車場隣って知ってたの?」
「それは知らなかった。あの車見て、まさかあの可愛い子が所有者だとは想像もしないでしょ」

 それは確かに。一人暮らしの女子向けではないね。

 釣りに行きたいが為に全力で定時に上がって帰って来てのアレ。
 この季節でなければ、さっさと車に乗り込んで出発していたに違いない。夏場だとしても、篤史があのタイミングで帰って来なければ、一緒に出掛けた筈も無い。
 何か一つでも欠けていたら、私たちはただの同一マンション入居者のまま一生を終えていたに違いない。今ここでこんな風に種明かしを聞かされている奇跡に寒気がする。

「こっわ」
「これはもう運命でしょ」
「だとしても! それよりえっと、その節は大変お世話になりました」
「はいはい。ここまで無事に一人で居てくれてありがとね」
「喜ばしいのか腑に落ちないんだけど、それ」

 微妙な発言に顰めた眉間にチュッと吸い付かれて、溶かされる。

 ……しゃーなしだ。終わった事は良しとするか! 

「ねぇ。次のドライブいつにしよっか」
「毎週末行けばいいじゃん」

 せっかくなら少し遠出して、沢山遊んで、美味しいものをたらふく食べよう。
 あなたとなら何処で何をしても楽しいに決まってる。

「運転は交代ね」

 私の愛車に、あなたを乗せて。


 了

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