月の記憶、風と大地
自宅で風呂上がりの弥生がパジャマ姿で廊下を歩いていると、和人がリビングから声をかける。


「弥生。働いてみてどうだ」


和人が云った。


「アルバイトだし、まだ時間が浅いから考えたことはないかもしれんが。自分のなりたい社員像を考えてみろ」



弥生は夫を見る。



「そうすると仕事が楽しくなる。おまえだけの目標を起てろ」



和人は部長で多数の部下を抱えている。

彼のアドバイスは的確で説得力のあるものに見え、素直に頷き和室の襖を開け中へ入る。


弥生と和人は浮気発覚後、寝室は共にしていない。

弥生は和室に布団を敷いて寝ており当然といえば当然であり、完全な仮面夫婦状態だ。

それが苦にならず逆に都合よく感じるのは、資格取得に向けて勉強しているからであろう。

朝、早めに起床して勉強し、夫の朝食の支度をして送り出した後に片付けをして勉強する。
洗濯の合間やパート前の時間も教科書に目を通す。

静の貸してくれた化粧品を使ってケアをし、メイクをすることも楽しくなってきた。

最初は難しく思えたが、やってみると楽しい。

勉強の難易度はともかく専業主婦で社会と離れていた自分が、何かを成し遂げられるかもという充実感がある。

逆の立場で考えると夫の和人は、それを当たり前にこなし加えて妻を養わなくてはいけないという責任もあるのだから、プレッシャーを感じていたのかもしれない。


だから若い女子社員に安らぎを求めたのだろうか。


それは浮気の理由になるのか。


また話し合いはしなくてはならない。


ため息をつき弥生はふと押し入れに目をやり、思い出した。

収納ケースに絵本やおもちゃが入っている。
これは弥生の姉の子供が幼い時に使用したものだ。

いつも事務所で待っている穣の暇つぶしにはなるかもしれない。


何冊かの絵本をバッグに入れた。




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