月の記憶、風と大地


太田美羽は開発部の鴻江課長への資料とコピーを頼まれ、それを届ける所だった。
ノックをするとドアを開く。


「失礼します」


しかし鴻江がいない。

美羽は出直そうと扉を閉めようとしたその時、デスクに置かれていた別の書類が二枚、床に流れ落ちる。

空調が当たって飛んでしまったようだ。

余計な事かと思ったが、それを見過ごせず入室するとそれを拾い上げデスクに置いた。

何気なくそれを見て美羽は気づいた。



「え……」


デスクの上には更に二枚の書類が乗っていて、それを見比べる。



「見られたか」


驚いて振り返ると、美羽の背後に鴻江が立っていた。
まるでそれを狙っていたかのようだ。

美羽が急いで退室しようとするのを、鴻江は後ろから声をかける。


「不倫しているというのは、おまえだな」


美羽は一瞬、足を止めた。


「知りません」
「相手は野上原だろう」


美羽は体を反転させ鴻江を正面から見た。


「野上原部長とは、何もありません」
「では、この写真はなんだ?」


鴻江は封筒を美羽の前に置いた。
美羽は和人と逢っていた時に、弥生が写真を撮っていたことを知っている。

その事で和人もやきもきしていることも。



「写真が入っている。これを証拠と云わずにおれるのか」


美羽の顔が青ざめた。
鴻江は笑みを浮かべる。


「やはりな」


美羽がそれに手を伸ばしたが、鴻江は素早く取り上げスーツの内ポケットに納める。



「今の製品開発は野上原が熱を上げているプロジェクトだ。こんな物が出回ったら、上は失望するだろうな」

「何が云いたいんですか」


鴻江は美羽に何事かを告げる。



「取引だ。まだ会社には知られていないだろう?」



美羽は両手を握りしめている。






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