月の記憶、風と大地
砂利道

アルバイトを始めてから弥生は、接客をすることで以前よりも見た目に気を使うようになった。

静からアドバイスを受け、スキンケア、日焼けにも気をつけている。

結果、弥生は若々しく魅力的な女性となり、人を惹き付けるようになった。

専業主婦であった頃よりも積極的で活動的になり、近頃は自動車教習所に通い始めた。

普通自動車運転免許証は二十年前に取得しているが、今暮らしている場所は交通機関が発達し、車がなくともさほど困らなかったので、長い間ペーパードライバーだった。

甥と姪の送迎に車を使っていたが、あとは夫の隣で一緒に出かけるくらいだ。

だが助手席で夫に運転を任せるのではなく、自分で好きな場所へ行きたいと弥生は考えるようになり、教習所へ再び通っているのである。


時間がある時、津田が忙しいときは度々、穣に本を読んだり遊んだりしている。


「おばちゃんの余計なお節介です」


弥生は笑っていたが率直にそれがありがたく津田は感じていたし、後台も静も事務所で一人でいる穣の心配が減り仕事に没頭できるようになり、効率が良くなった事を実感していた。



「弥生さん、お子さんがいたら。さぞいいお母さんになっていただろうな」



津田が呟く。


事務所では静と津田が、それぞれパソコン画面を見つめキーボードを叩いていた。


穣のお泊まり会が近いのだが、荷物の準備を弥生と一緒にしたらしい。
服や下着は自宅で津田が用意したが、他は揃っていた。
公園散策の為の虫除けも、店で購入し用意したようである。



「母性を感じますね。メイクも上達しましたし」



静がパソコンのキーを叩きながら頷いた時、電話が鳴った。
店内の電話はPHSを使っているのだが、それを津田が充電器から取り耳に当てる。



「お電話ありがとうございます。ドラッグストア、ナーキアでございます……ああ、次長。この間はどうも……はい。……はい」



津田は椅子の背もたれに身を預ける。
静がパソコンから、上司に顔を向けた。



「またまた。おれなんかじゃ、足手まといになるだけですよ。……ああ、そうして下さい。白衣の件は仕方がない、引き受けますよ」



適当に談笑し通話を切る。
どことなく怪訝な表情をしている静に気付き、津田は口を開く。


「新しい白衣の試着だとさ。なんでも、特殊繊維が練り込んであるらしくて」


メーカー側からの依頼で、着心地や耐久性に対する現場からの感想が欲しいのだという。

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