お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。

悪気のない笑いを続けるダンレッドを睨みつけるアレン。

しかし、アレンの頭の中では、執事スイッチの入った別の思考が働いていた。


(やはり、完璧にサーシャになりすますためには隙があるか。今夜のパーティーでも、課題が多く見つかったしな。)


「なぁ、ダンレッド。頼みがあるんだ。」


「?」


ふいっ、と視線をやるダンレッド。

ザァッ、と冷たい風が吹き抜けた月下、アレンの艶のある声が庭に響いた。


「“メルさん”の居場所を突き止めてほしい。」


その瞬間、顔つきが変わるダンレッド。

ふっ、と真剣な瞳になる彼に、アレンは続ける。


「俺がハンスロット家にお世話になる時に彼と別れてから八年。風の噂で、五年前に突然執事を引退して消息が分からなくなったと聞いた。」


「…。」


「かつて、用心棒と執事として同じ主人に仕えていた相棒のダンレッドなら、きっとメルさんも会ってくれるだろ?」


すると、腕を組んだダンレッドはわずかに顔を伏せて呟いた。


「俺だって、今、あの人が何をしているかは知らないよ。まぁ、情報収集くらいはしてもいいけど。…メルを探して、どうするつもり?」


ダンレッドの薔薇色の瞳に、月明かりに照らされた燕尾服が映る。

数秒後。静かな庭に、覚悟を決めたアレンの凛とした声が響いた。


「ニナの指導をしてもらう。」


「!」


「俺が知る中で、あの人ほど完璧な執事はいないから。」


(ニナに、悪役令嬢を演じ切らせるためにな。)


俺の答えに、ダンレッドはただ目を丸くしていた。

そして、誰も立ち入らない城の庭で密やかな交渉が行われ、アレンの提案を聞いたダンレッドは、やがてニヤリと笑みを浮かべたのだった。



第1章*終
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