異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~

「ここは昔、美しい王女を誰の目にも晒したくないと国王が作った隠し部屋なんだよ。知っているのは王族とレジスタンスの幹部だけなんだ。僕としたことが、うっかり頭から抜け落ちていたみたい」

 クワルトが説明しながら、目の前に呆然と立ち尽くしている二十代後半くらいの女性を見て頭を下げる。

「いきなり押しかけてすみません、少し匿っていただけますか?」

「あなたはレジスタンスの幹部じゃない。どういうつもり、わたくしになにをするつもりなの?」

 怯えるようにクワルトを睨みつける女性は、赤い長髪とお揃いの薔薇のコサージュがふんだんにあしらわれたピンク色のシフォンドレスに身を包んでいる。
 その容姿と瞳に映る品や気高さは、ある人を彷彿させた。

「ローズさんにそっくりだわ」

 私がつい声をもらしたせいか、女性は「ローズさん?」と復唱して首を傾げる。

「あ……バン・アストリア王子のことです」

 素直に教えれば女性は顔色を変えてドレスの裾を持ち上げると、ツカツカと高いヒールを鳴らしながら私のところへ駆けてくる。

「バン……バンお兄様を知っているの!?」

「えっ、お兄様?」

 ローズさんに似ているとは思ったけど、まさか妹だったなんて。
 確かに口では女らしくしなさい、などと小言が多い彼だが面倒見はよかったので、衝撃ではあるものの納得した。

「わたくしはマオラ・アストリア、この国の王女です。バンはわたくしの兄よ。どこにいいるのか白状なさいっ、でないと即刻ギロチンの刑に処すわよ!」

 怒声を浴びせたマオラ王女は私の胸倉を掴み、ぶんぶんと前後に揺する。
 ギロチンって、首を切断する斬首刑の執行に使われる道具よね。この子、可愛い顔をしてなんてことを……。 
 されるがままになっていると、見かねたシェイドが王女の手首を掴んでやんわりと外させる。

「落ち着いてくれ、マオラ王女。バン王子はこの城に幽閉されている。それを助けるため、俺たちは潜入してきたんだ」
 
「そんな、この国にバンお兄様がいるの!? お兄様は祖国であるこの国の人間や国王であるお父様にも命を狙われているのよ。それなのに、なんてこと……」

 その場に崩れ落ちた王女はドレスの裾を握りしめ、クワルトに突くような視線を向ける。

「あなたたちがこの国に来なければ、お父様がおかしくなってお兄様を国外追放することも、お母様が心を病んで自ら命を絶つこともなかったわ!」

 マオラ王女が失ったものはあまりにも多すぎた。責めるのは当然で、怒りの矛先がクワルトに向くのも致し方ないこと。
 でも、これは十五年前に始まった出来事だ。そのとき主犯格であるプリーモは二十歳くらいだっただろうから、クワルトはちょうど六歳になった頃。そんな子供が親代わりであるプリーモの行動に疑念を抱けただろうか。ましてや生まれてからレジスタンスの一員として育てられている彼にはなにが正しいのか、判断もつかなかったはず。
 だから今、クワルトは大人になって自分の重ねてきた罪に胸を痛めている。

「クワルトの肩を持つわけではないけれど、どうか今は怒りを収めてもらえない?」

 私は罵倒されるクワルトの前に立つと、静かにマオラ王女に語りかける。
 後ろから「若菜さん……」と、まるで泣き出す手前の子供のようなクワルトの声が聞こえた。それには振り向かず、私はマオラ王女の前に座りその手を握る。

「なにが正しいとか、私には言える権利がない。きっと当事者しか許されないんだと思う。それでも、これだけは言わせて。今はクワルトもあなたのお兄さんを助けるために危険を冒してる。だから、今だけでいいから彼のことを信じて」

「そんなこと、言われたって……」 

 握っている手が震えている。レジスタンスへの憎しみと兄を救えるかもしれない未来。なにを選びとるべきなのか、迷っているのだとわかった。
 私やシェイドたちが急かすことなく、彼女の答えをじっと待っていたとき――。

「マオラ、若菜の言う通りだ」

 その場にいた皆の視線が一斉に扉の前にいる声の主に集まる。そこには監禁されているはずのローズさんの姿があり、隣にアージェがいるところを見ると、私がマオラ王女と話している間に呼びに行っていたのだとわかった。

「嘘っ、バンお兄様……なの?」

 奇跡を目の当たりにしたかの如く瞳を輝かせるマオラ王女の元へ、ローズさんは気恥ずかしそうに首筋に手をあてながら近づいた。

「大きくなったな、マオラ」

「お兄様っ」

 マオラ王女は勢いよく立ち上がって、ローズさんに駆け寄る。その途中で自分のドレスの裾を踏んだマオラ王女は、つんのめるように兄の胸に飛び込んだ。

「本当に、よくご無事で……っ」

ローズさんは困ったような笑みをこぼしながら、涙ぐむマオラ王女の頭を撫でた。

「俺だけこの国から逃げたこと、恨んでないのか?」

「なにを言うの、恨まれるのはわたくしのほうだわ。お兄様が虚偽の罪で国を追われるというのに、わたくしはこの部屋に幽閉されていてなにもできなかった。見捨てられたと、わたくしを責めているに違いないって、毎日胸が痛かったのよ」

 こうしてふたり並んで再会を喜んでいる姿を見れば、兄妹だなとしみじみ感じる。温かい気持ちで見守っていると、ローズさんが頭を下げた。

「俺もお前が幽閉されていたのに助けてやれず、すまなかった。そして、自分だけ騎士という新たな人生を歩んで過去から逃げようとしたことを許してくれ」

「許すとか許さないとか、もうなしにしましょう。離れていても家族を想っていた。わらくしたちの気持ちは同じだったんですもの」

「そうだな……」

 穏やかな空気が流れると、それを見計らってシェイドが切りだす。

「マオラ王女、名乗るのが遅くなり済まない。俺はエヴィテオールの王子、シェイドだ」

「なっ、エヴィテオールの王子がなぜここに!?」

 目を白黒させているマオラ王女の前に出たシェイドは「驚かせてすまない」と言って、スッと美しい所作でお辞儀をする。
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