異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~
「あー……王子たちの探してた子供は城下町の子供じゃないよ。子供を助けて欲しいって騒いでた母親がいたでしょ。あの母親を問い詰めたら、お金を積まれて王子たちに森に行くよう仕向けたって白状したからね」
「どうして森に誘ったのかしら? そこで怖い盗賊たちに襲わせる魂胆だったの? お金に困った子供がそうやって盗賊に利用される話はよく聞くし……」
「そんな生易しいもんかねえ」
アージェの含みのある言い方に胸騒ぎがする。それを明瞭なものにしたのは、シェイドのひと言だった。
「それが目的なら、金品を奪わずに俺たちを崖から突き落とす必要はないだろうな」
「じゃあ、始めから私たちを殺すつもりで……?」
背筋に刃物をあてられているようで、私は無意識のうちに震える自分の身体を両腕で抱きしめる。
それに目ざとく気づいたシェイドは気遣わしげな視線を向けてきた。
いけない、怖いのはシェイドも同じよね。王子であった頃の記憶もないのに殺されかけただなんて、私以上の衝撃を受けているはずだわ。
私は自分の置かれた状況を呑み込むだけでも精一杯であるはずの彼を自分が支えなければ、と決心を新たにする。
「ごめんなさい、大丈夫よ。あなたは……その、平気?」
「ああ、戸惑うことも多いが、目覚めたときからあなたがついていてくれたからな。不思議と落ち着いている」
それが強がりでないといいのだが、不安を隠すのは記憶を失ってからも同じなようで、彼は村にいたときから余裕の笑みを一切崩さない。
最近では弱音もそれなりに吐いてくれていたのだけれど、今は出会った頃に逆戻りしたように本心が笑顔の裏に完璧に隠されている。私たちが築きあげてきた関係性がリセットされてしまった気がして、幾ばくかの寂しさを覚えながら、私は釘を刺しておく。
「私があなたの心の安定剤代わりになるのなら、困ったことがあったら必ず頼って。絶対にひとりで抱え込んだりしないでね」
「若菜……そんなに念を押すほど、記憶を失う前の俺は無茶が絶えない男だったのか?」
首を竦めるシェイドに、私の胸には申し訳なさがこみ上げてくる。
〝記憶を失う前〟だなんて、彼に言わせてはいけなかった。望んで忘れたわけではないのに、今の私の言い方では彼が勘ぐるのも当然だ。
過去がない自分を責めてはいないだろうか、と心苦しく思いながら私は首を横に振る。
「ごめんなさい、ただ心配で……。でも、気にさせてしまったわよね」
「目覚めてから数週間程度しか一緒にいないが、それだけでも十分あなたの人となりがわかるな」
隣に座っているシェイドが私の膝の上に置いていた手の甲に手を重ねてくる。じんわりと広がる温もりは変わらないのだとわかって、なぜだか安堵した。
「若菜はしっかり者のように見えて傷つきやすく、繊細だ。あなた気遣われるのは不思議と心地いい。だからどうか、俺のことで気負わないでほしい」
「シェイド……」
彼は年下なのに私よりも機転が利くぶん、先回りの優しさができる人だ。どうやら逆に気を遣わせてしまったらしい。
私たちを狙った刺客の狙いに関してはシェイドの王位、私の日本の医療の知識や技術……心当たりが多すぎて絞れない。
様々な憶測とシェイドの記憶回復への懸念が頭の中を飛び交うが、まずはミグナフタ国の砦への救援が先だ。王宮看護師の中の誰を援軍の治療班に連れていくのか、帰ったらマルクと話し合わなければならない。やることは山積みなのだがら悩んでいる暇はないと、私は不安を無理やり頭の隅に押しやった。