ビタースウィートメモリー


うん、うまいと呟き、そこから先は大地は無言だった。

食べることに集中しているのがわかるから、あえて悠莉も話しかけない。

ほとんど同時に食べ終えたあと、大地が悠莉の食器に手を伸ばした。

「ごちそうさま。俺洗っとくから、着替えて化粧しな」

「気が利くじゃねえか。よろしく」

大地がキッチンに消えてからしばらくして、スポンジが皿を滑るキュッキュッという音が聞こえてきた。

ネイビーのパンツスーツとオフホワイトのブラウスに着替え、外回り仕様の化粧を施す。

今日は馴染みの薬局だ。気張ることはない。

アイシャドウは薄め、マスカラは上まつげだけ、サーモンピンクのリキッドルージュで少し顔にメリハリをつけるだけでいい。

背中まである髪は低めのシニョンにして、顔回りはすっきり見せる。

「ここからだと会社まで15分くらい?少し早いけどもう出るか?」

「ん、そうだな。食器洗いありがとう」

「どういたしまして。にしても、意外。青木の飯うまい」

「女子力だよ女子力」

ストレートな褒め言葉が恥ずかしくて、軽口を叩いてごまかそうとしたが、どこかぎこちなさが漂う。

「部屋も綺麗だし、適当な女を落とすくらいなら、最初からお前を狙えばよかった……なんてな。うそうそ、そんな顔するな」

軽薄な発言に呆れて、悠莉は冷たい目で大地を見た。

「あたしが簡単に落ちる女に見えるか?」

「全然、まったく」

「その認識は正しい。っていうか、お前みたいなヤリチンこっちから願い下げだ。給料だってあたしより低いし」

そんなつもりはなくても、余計な一言がついてしまった。

それだけ、大地に異性として見られることを避けたかったのだが、現時点で悠莉にその自覚はなかった。

「いつにも増して辛辣だな。生理前?」

「お前こそ、いつにも増してデリカシーがないな」

いつも一人で通る駅の改札を今日は二人で通り、電車では隣に座っている。

これまでの付き合いでは考えられなかった距離感のせいで、悠莉は一向に冷静さを取り戻せなかった。

「今日外回りだろ?直帰?」

「いや、一回会社に戻る。でも報告を済ませたら急ぎの仕事はもうないはずだから、18時前には終わるな」

「よかった。今日の別れ話、俺一人よりも彼女が横にいたほうが話がスムーズになると思うんだ。同席してくれる?」

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