100本の鉛筆
100本目
3年生になって3日目。

私はいつものように、希望書店にいた。

店内を1周するまでもない。

入店してすぐに、私の嫌いなおっさんを見つけた。

私は真っ直ぐ、文具売り場に向かう。

鉛筆を1本握りしめ、隠すことすらせず、店をあとにする。

私の後ろで自動ドアが閉まりかけたその時、そのドアは再び開いた。

私の手首を掴んだのは、緑色のエプロンを着けた若いお姉さんだった。

「ちょっと来てもらえる?」

私は黙って頷く。

事務所に連れていかれ、いろいろ質問されるが、私は何も答えなかった。

店員は、私のリュックを見せろと言う。

私は、黙ってリュックの口を開いた。

教科書、ノート、下敷き、筆箱…

順番に机の上に並べていく。

そして、最後に99本の鉛筆。

「これはどうしたの?」

店員が尋ねる。

私は答えない。


しばらくして、私の後ろで、事務所のドアが開いた。

「どうしたんだい?」

私の後ろから、私の嫌いなおっさんの声が聞こえた。



「万引きです。
でも、この子、何も喋らなくて。」

店員が答える。

「万引きは泥棒と同じ、犯罪だ。
喋る気がないなら、警察を呼ぶぞ。」

おっさんが私の前に回り込む。

だから、私は言ってやった。

「呼べば?
あなたが私から盗んだものに比べたら、
鉛筆100本なんて、些細なものよ。」

私はおっさんを見上げて睨む。

「希望(のぞみ)… 」

おっさんは、一瞬息を飲んで、掠れた声で私の名を呼んだ。

「あなたは、私から幸せを奪った。
私は鉛筆を返すわ。
だから、あなたも私に幸せを返して。」

おっさんは、ポケットからスマホを取り出し、電話を掛ける。

「由里子、俺だ。
すまない、今から、こっち来れるか?
花咲店。

ーーー

それは分かってる。
こっちも緊急を要するんだ。
そっちの店には小野を行かせるから。

ーーー

ああ。
すまない。」

おっさんはそれだけ言って、電話を切った。

15分後、母が来た。

「社長、なんなんですか。」

母はおっさんに向かって言った直後、目の前の私を見て、止まる。

「希望(のぞみ)、
なんであなたがここにいるの?」

母は、状況を飲み込めずにいた。

「希望(のぞみ)がうちで万引きをしてた。」

おっさんが言う。

「えっ!?」

母は驚いた声を上げた。

「俺に対する復讐らしい。」

「なんで… 」

母は私とおっさんを交互に見比べた。

「希望(のぞみ)話して。
どういうこと?」

母はしゃがんで、腰掛けている私と目を合わせた。

私は母に答える。

「だって、あの人、
私から幸せを盗んだじゃない。
私も、あの人から何かを
盗んでみたかった。」

私がそう言うと、母は困った顔をした。

「あなたは、幸せじゃなかったの?
私と一緒じゃ、幸せにはなれないの?」

「…不幸じゃないわ。
ただ、それだけ。
私が幸せだったのは、10年前まで。
なのにこいつは、
のうのうと『社長』って敬われて、
母さんじゃない女と関係を持って、
私じゃない子供の父親面してる。
鉛筆100本くらい盗んだところで、
バチは当たらないと思うわ。」

このおっさんは、10年前まで、私の父だった。

父だったのに、他の女を妊娠させて、私の父をやめた。

「ごめんなさい… 」

母が言った。

なんで?

なんで、おっさんじゃなくて、母が謝るの?

私は、意味が分からず、母を見つめる。

「お父さんは、騙されて嵌められただけなの。
なのに私はそれを許さなかった。
あなたから父親を奪ったのは、私なの。」

泣き崩れた母の肩を、優しい目をしたおっさんが支える。

母は語った。10年前の出来事を。

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